不着の紙飛行機
声劇台本の作成依頼があり、書き下ろしました。
たくさんたくさん調べて書いたのですが、時代背景が難しい…。
なにかお気づきの点がございましたら、教えて頂けると嬉しいです。
【以下、注意事項になります。】
金銭が発生しない場合のみ、自由に使っていただいて構いません。
金銭の発生する舞台、イベント、配信で使用する場合はお声がけください。
https://twitter.com/hayuno0923?s=21&t=RYuQdIX6MCNFnVKSUg3KiQ
使用する際は作者名【羽結乃】をどこかに記載お願い致します。
作品の潤色、改変は不可です。
演じる方の性別は問いませんが、キャラクターの性別の改変は禁止致します。
もし、記載の音響が使いたい場合、お渡しできるので、Twitter(X)でお声がけいただければ嬉しいです!!
@hayuno0923
いろんな方の朗読が聞きたいので、声かけてくださった場合にはできる限り聞きに行きたいです♪
メイン↓
宗一郎:
髙橋宗一郎
15歳~23歳 手紙と現在は30歳 最後35歳
ケンちゃん:
髙橋健太郎
11歳~19歳
ミッちゃん、カスミ:
野村カスミ 後に髙橋カスミ
11歳~19歳 カスミ26歳 最後31歳
三千代:
髙橋三千代 宗一郎、健太郎の母
38歳~46歳
アンサンブル↓
健介:
宗一郎とカスミの息子。
5歳
女児:
男児①:
男児②:
おばちゃん①:
おばちゃん②:
おばちゃん③:
①BGM"Message" C.I↓
『不着の紙飛行機』
宗一郎「(手紙を読むように)拝啓、ケンちゃん。ケンちゃんに手紙を書くのは何年ぶりだろうか。ずっと、送ることが出来ずすまない。こうやって筆を執ったのも、そろそろ自分の気持ちに整理をつけなくてはいけないと、思ったのだ。ミッちゃんは元気だから、心配しないでほしい。春になり外も暖かいから、私もここ数日は体調が良い。…またケンちゃんの夢を見てしまった。謝りたいことが沢山ある、ごめんなケンちゃん…」
②BGM"Message" F.O
③SE"スズメのさえずり"C.I
(間)
カスミ「はい、お弁当です」
宗一郎「すまない。…それでは、行ってくるよ」
カスミ「いってらっしゃい。…あっ」
宗一郎「…なんでしょうか?」
カスミ「あ、いえ。襟元なおします」
宗一郎「あ、ええ…。ありがとうございます」
カスミ「…。良い、お天気ですね」
宗一郎「あ、ええ。本当に、雲一つない…」
カスミ「洗濯物が良く乾きそう」
宗一郎「いつも、すまない」
カスミ「いいんですよ」
宗一郎「…」
カスミ「どうか、されましたか?」
宗一郎「ああ、えっと、今日は少し帰りが遅くなるかもしれない」
カスミ「そうでしたか。お夕飯、どうされますか?」
宗一郎「ああ、食べてくる予定は無いですが、待っていなくて大丈夫だよ」
カスミ「でしたら、準備しておきますね」
宗一郎「ああ、すまない…。今日はずっと家に?」
カスミ「ええ。お洗濯をしてから、土間のお掃除をと。それと、あなたの書斎…少し片付けても良かったですか?」
宗一郎「それは構わないのですが…。たまには、外で遊んで来たらどうです?良い天気ですし…」
カスミ「遊ぶようなことはないですし…」
宗一郎「御近所の目が、気になりますか?私は構わないので、何も気を遣わず」
カスミ「そういことでは無いんですよ?…ほら、遅れてしまいます」
宗一郎「ああ、そうだね」
カスミ「薬は、持ちました?」
宗一郎「ああ、問題ないよ」
カスミ「よかった。行ってらっしゃい。お気を付けて」
宗一郎「…行ってきます」
(間)
子供達「あははは(笑い声が近づいてくる)」
女児「兄ちゃんたち待ってよぉ!」
男児②「おそいぞー!」
男児①「早く行かないと冒険ガム売り切れちゃうだろ!」
女児「まってってばぁー!わっ!!」
男児②「ああ!兄ちゃん、ちぃちゃんがコケたぁ!!」
男児①「なにやってるんだよ!」
女児「ぅ、ふ…うう…」
男児①「泣くな!ちぃ!母ちゃんに怒られる!」
女児「う、ふっ…」
宗一郎「君、大丈夫?立てる?」
女児「うん…」
宗一郎「よし、おじさんに掴まって。よし。あーあ。膝を擦りむいてるね。よく泣かなかった。えらいぞ」
女児「ち、ちぃが泣くとコウちゃんが怒られるの…」
宗一郎「そっか、強いな」
男児①「ご、ごめんなちぃ。速かったよな」
男児②「ちぃちゃん痛い?」
女児「へいきだよ、ちぃ泣かなかったもん」
宗一郎「握っているのはお小遣いかな?落としてないかい?」
女児「うん、無くしたら冒険ガム買えなくなるもん」
宗一郎「えらいな…。ゴホッ、ゴホッ…」
女児「おじさんだいじょうぶ?」
宗一郎「ゴホ…ああ、平気だよ」
男児①「春なのに風邪ひいたの?」
宗一郎「(苦笑)君たちも気を付けなさい。ほら、これで何か買ったらいい。3人仲良くな」
男児①「おじさんいいの!?」
宗一郎「ちゃんと年下には優しくしてあげなさい」
男児②「うん!おじさんありがと!!」
女児「ありがと!!」
子供達「あははは(走り去っていく)」
宗一郎「(手紙)ケンちゃん、数年経った今でも、まだお前が夢に出てくるんだ。今日は幼少期の頃を夢にみたよ」
ミッちゃん「そう兄ちゃん!」
宗一郎「…!!(幼い女の子の声に振り返る)」
宗一郎「(15才になる)ミッちゃん」
ミッちゃん「おはよお、そう兄ちゃん!」
宗一郎「おはよう。今日も元気だね」
ミッちゃん「んーん。ミッちゃん、今日はゆううつよ」
宗一郎「どうして?」
ミッちゃん「今日は算数の試験があるの。ミッちゃん、算数は苦手」
宗一郎「そっか。ケンちゃんは教えてくれないの?」
ミッちゃん「ケンちゃんはいじわるよ??バカだとかまぬけーとか言ってくるもの」
宗一郎「はは、意地悪したくなっちゃうのかもよ?」
ミッちゃん「先生もお母さんもそう言うけど、ミッちゃんは意地悪してくる男の子はきらーい。優しいそう兄ちゃんみたいな人が好き!」
宗一郎「ありがとう」
ミッちゃん「あーあ、昨日そう兄ちゃんに教えてもらえば良かったー。お母さんが言ってたの。そう兄ちゃんは学校で1番算数が得意だって!頭が良いからきっと大学に行くって!」
宗一郎「ミッちゃんのお母さんはおしゃべりだなぁ。進路はまだ、わからないよ。実家を継ぐ予定だし」
ミッちゃん「ふーん。そういえば、ケンちゃんはどこ?」
宗一郎「ケンちゃんは朝寝坊をしたから、先に出てきたんだ」
ミッちゃん「ふふふ、もし遅れてきたらみんなに言っちゃお。ねぼすけケンちゃんって」
宗一郎「あはは、それはいいね」
ケンちゃん「にぃーーーいちゃぁーーーん!!」
宗一郎「お、来たよ」
ケンちゃん「ひどいよ兄ちゃん、置いてくなんて!」
宗一郎「しっかり起きないのが悪いんだ」
ケンちゃん「起こしてよ!」
宗一郎「起こしたよ」
ケンちゃん「あ、おはようミッちゃん」
ミッちゃん「あーあー。ケンちゃんが遅刻したらみんなに言ってやろうと思ってたたのにぃ」
ケンちゃん「な、なにをだよ!」
ミッちゃん「ねぼすけケンちゃん!って。くすくす」
ケンちゃん「ばっ!バカやろう!そんなことしたらからかわれるだろ!!」
ミッちゃん「いっつもケンちゃんが私にいじわる言うからいけないのよ」
ケンちゃん「い、いじわるなんか言ってないだろ」
宗一郎「ケンちゃんは算数の試験大丈夫なの?」
ケンちゃん「だいじょーぶ!問題ないね」
宗一郎「ミッちゃんに教えてやったらどうなの?」
ケンちゃん「教えても理解できないんじゃねーの笑?」
ミッちゃん「私はそう兄ちゃんにおしえてもらうから大丈夫よ!」
ケンちゃん「な、なんだと!!言っとくけどな!兄ちゃんは忙しいんだぞ!!暇じゃないんだからな!」
ミッちゃん「…ダメなの?そう兄ちゃん」
宗一郎「学校終わって、少しの時間だったら大丈夫だよ」
ミッちゃん「ほらみなさい!」
ケンちゃん「に、にいちゃーーん…」
宗一郎「(手紙)あの頃、私は15才。ケンちゃんとミッちゃんは11才。一番穏やかで、不安も無く、楽しくて、平和な時期だった。登校時間、毎日決まった道を3人並んで歩いていた。とても楽しい時間だった。1年後くらいだろうか。ミッちゃんのお父様が亡くなられたのは」
ミッちゃん「…ヒッ、うっ、うっ、ヒッ、父ちゃん…」
ケンちゃん「ミッちゃん…」
宗一郎「……。少し外に出てくるよ。水を取ってくる」
ケンちゃん「あ、うん。わかった…」
④SE"引き戸"C.I
宗一郎「……」
(間)
近所のおばさん①「気の毒にね…。急死ですって。ミッちゃん、まだ12才でしょ?野村さんち。これからどうするのかしら…」
おばさん②「そうよね、女の子しかいないご家庭だし。奥さん、ご実家はもう無いみたいよ?」
おばさん①「まぁ。働きに出るんでしょうね…」
宗一郎「……」
おばさん②「あ、あら宗一郎ちゃん。こんにちは」
宗一郎「こんにちは…」
おばさん①「宗一郎ちゃんも大変よねぇ」
宗一郎「はあ、」
おばさん①「野村さんの奥さんと、三千代さんがねさっき話てたんだけど」
おばさん②「多分ねぇ、きっとそういう話よねぇ」
宗一郎「はあ、」
三千代「宗一郎…」
おばさん①「あ、あら三千代さん」
おばさん②「こんにちは」
三千代「こんにちは」
宗一郎「母さん」
三千代「宗一郎、ちょっと」
宗一郎「はい」
(間)
宗一郎「どうしましたか」
三千代「今ね、ミッちゃんのお母さんと話をしていたのだけど。野村さん、頼る家も親戚もないみたいなの。このままだと暮らしていけないって言うものだから…。ひとまず野村さんには、お父さんの会社で働いてもらおうと思ってるわ」
宗一郎「そうですか」
三千代「それでね、宗一郎」
宗一郎「はい」
三千代「野村さんと話しててね、ミッちゃんを、うちに嫁がせることなったわ」
宗一郎「嫁がせる…?」
三千代「野村さん、元々ご実家は裕福な家庭じゃ無かったみたいだし、このままだと食べさせていくのがやっとだから。うちに嫁げば安心だからって。自分と同じ思いをミッちゃんにさせたくないって…。私としてもミッちゃんが嫁いでくれるのは嬉しいし、お父さんもそれが良いって言うものだから…」
宗一郎「ですが、まだミッちゃんは12才です…」
三千代「だから、許嫁ね。あなたが20才になった頃に嫁いでもらいます」
宗一郎「そう、ですか…」
三千代「貴方だって、知らない子とお見合いするより、ミッちゃんが嫁いでくる方が…ね?」
宗一郎「はい…」
三千代「まだ、ミッちゃんには話さないでおいて。心の整理もできないでしょうし…。ケンちゃんには、また後で私から話しておきますから」
宗一郎「わかりました…」
宗一郎「(手紙)あの日母から、ミッちゃんが僕に嫁ぐと聞いて、内心どうしたものかと考え込んでしまった。当時私は16才、ミッちゃんは12才だったものだから。幼い頃の4つの歳の差はそれはそれは大きく感じたものだ。それに、ケンちゃんはどう思うのかと、そればかりが気がかりで…。二人が待つ8畳間に戻る足が重かったことを覚えている。部屋の襖を開けようとすると、ケンちゃんが出てきて…」
⑤SE"引き戸"C.I
ケンちゃん「あ、、にいちゃん…」
宗一郎「ケンちゃん…」
ケンちゃん「なぁ、にいちゃん。ミッちゃん、ずっと泣いてるんだ。俺、そばにいてやることしかできなくてさ。どうしてあげればいいのかな」
宗一郎「…それが、今できる全てじゃ、ないかな…」
ケンちゃん「俺も、おじさん死んじゃってッ…、悔しいよ…。でも、ミッちゃんはもっと悲しくて、辛いんだよな」
宗一郎「うん…」
ケンちゃん「俺、なにもしてあげられないよ…」
宗一郎「うん、俺もだ…」
ケンちゃん「グスっ(鼻水を拭く)にいちゃん、水、取りに行ったんじゃないの?」
宗一郎「あ、ごめん。忘れてた…」
ケンちゃん「にいちゃん抜けてるなぁ…」
宗一郎「ほんとにな…」
宗一郎「(手紙)ケンちゃんがミッちゃんのことを好いているのは知っていたし、私は兄だったから、静かに見守ろうと常々思っていたのだ。あの日、私こそ二人に何も言ってやれなかった。怖かったんだ。数週間経ち、やっとミッちゃんの家も落ち着いてきて、日常が戻ったように感じたのも束の間。会話の空気は変わってしまった」
⑥SE"蝉の声"C.I
ミッちゃん「ねぇねぇ、そう兄ちゃん」
宗一郎「どうした、ミッちゃん」
ミッちゃん「私ね、お母さんからね、大きくなったらそう兄ちゃんちのお嫁さんになるって言われたの」
宗一郎「そっか」
ミッちゃん「そう兄ちゃんは長男でしょ?お家も継ぐってお母さん言ってたし…。だから私は、そう兄ちゃんのお嫁さんになるのかな…」
宗一郎「…どう、だろうね」
ミッちゃん「ケンちゃんにね…」
宗一郎「うん…」
ミッちゃん「ケンちゃんに、このお話をしたら、そう兄ちゃんがお前なんかを嫁にもらうはずねーだろーって、また意地悪言うの」
宗一郎「そうか…」
ミッちゃん「それからケンちゃん、あんまりお話してくれなくなっちゃって…」
宗一郎「うん…」
ミッちゃん「少しだけ、寂しいの…」
宗一郎「ミッちゃんは…。ミッちゃんはどう思うの?例えば、僕のお嫁さんと、ケンちゃんのお嫁さん、どっちがいい?」
ミッちゃん「…私は、そう兄ちゃんも、ケンちゃんも、どっちも大好き。だから…わからないの」
宗一郎「そっか…」
ミッちゃん「そう兄ちゃんは、私がお嫁さんなのは嫌…?」
宗一郎「…。ミッちゃんは、まだ12才だから。これからきっと、僕なんかより良い人に巡り会うかもしれない…。自然にその人のことを好きになって、自然とその人と共にいたいと思うようになるかもしれない。そう思うと、僕じゃない誰かの方が良い気もするよ」
ミッちゃん「…難しいことは、わからないわ…」
宗一郎「そうだね、難しいね…」
宗一郎「(手紙)その日の晩のことだったか。勉強を終えて、床に着こうと思った時にケンちゃんから切り出したんだった。私が寝るのを布団の中で待っていたお前は、頭をこちらに上げて囁くように話し始めた」
ケンちゃん「にいちゃん」
宗一郎「なんだ、起きてたのか」
ケンちゃん「うん…。母さんに聞かれたくなくて」
宗一郎「ミッちゃんのこと?」
ケンちゃん「俺、ミッちゃんが兄ちゃんのお嫁さんになるの、良いと思うよ…」
宗一郎「え?」
ケンちゃん「だって、俺はまだ12才だから。ミッちゃんをお嫁さんに貰ってやれるまで時間がかかるでしょ。それに、兄ちゃんみたいに頭も良くないし、なにより次男だから…」
宗一郎「だけどケンちゃん…」
ケンちゃん「確かにミッちゃんは俺のお気に入りだよ。でもきっと、兄ちゃんならミッちゃんを幸せにできると思うんだ」
宗一郎「ケンちゃん」
ケンちゃん「俺、兄ちゃんのことも大好きなんだ…。それだけ!!おやすみ!」
宗一郎「…ケンちゃん。うん、おやすみ」
宗一郎「(手紙)今思うと、12才の子供が、兄に気を遣って言うにはあまりにも重たい言葉だったと気づく。それからまた数年経って、1941年。太平洋戦争が始まった頃。私が19才、ミッちゃんとケンちゃんか15才になった頃だったか。ケンちゃんは中学校の4年生、ミッちゃんは高等女学校の4年生に。私は大学に進学し経済を学んでいた。私たち3人は成長はしたものの、幼い頃と変わらず、共にいることも多かった。許嫁という存在をより意識していたか、していないかはわからないが、私たちが将来のことを語ることは無くなっていた。ミッちゃんは色白で線が細く、笑顔が素敵な女性になっていた。お互い大人に近づくにつれ、4つの歳の差はというのは、それほど大きいものには思えなくなってきていた。私はというと、風邪をこじらせ、長い間体調を崩してしまっていた。おかしな音の咳が続き、1日床から出られない日もあった」
ミッちゃん「そう兄ちゃん、見て!おばさんが新しい浴衣を仕立ててくれたの!どうかしら、似合う?」
宗一郎「ああ、とても良く似合っているね」
ミッちゃん「ふふ、そうでしょう?早くお祭りに行きたいわ。いつになったら前みたいにお祭りに行けるのかしら…。私金魚すくいをしたいの!」
宗一郎「きっとすぐ行けるようになるよ」
ミッちゃん「…そうね。せっかく浴衣をもらったからお散歩に行こうかと思ったの。でもお母さんが浴衣で外を歩くのは不謹慎だって…。家の中だけにしてって言うの。こんなに素敵なのに家の中だけなんて、もったいないわ…」
宗一郎「…あまり綺麗な姿を人に晒すと、悪い男が寄ってくるよ?」
ミッちゃん「ふふ、このあたりの男の子は皆んな私がどこに嫁ぐか知ってるもの」
宗一郎「そうだね」
(襖が開く)⑦SE"引き戸"C.I
ケンちゃん「ミッちゃん、良かった。まだ着替えてなかったね」
ミッちゃん「なあに?ケンちゃん」
ケンちゃん「母さんから、家の敷地内であれば外に出ても良いと許してもらった。裏で一緒に花火でもしよう」
ミッちゃん「花火があるの!?」
ケンちゃん「父さんが持っていたんだ。線香花火だけどね。それに何年か前のものだから火が付くかどうか」
ミッちゃん「やってみましょう!」
ケンちゃん「見つからないように、日が沈む前にしかできないけど。やってみるか?」
ミッちゃん「もちろん!うれしい…。そう兄ちゃんも行くでしょう?」
宗一郎「……」
ミッちゃん「そう兄ちゃん?」
宗一郎「2人で行ってくるといい」
ミッちゃん「どうして?」
宗一郎「すまない。行きたい気持ちが無い訳ではないんだ…」
ミッちゃん「それなら…!」
ケンちゃん「ミッちゃん、あんまり兄ちゃんを困らせるなよ。体調が良くないんだ。2人で行くぞ」
ミッちゃん「でも…少しだけ…」
ケンちゃん「だめだ」
ミッちゃん「わかったわ…。ごめんなさい、そう兄ちゃん」
宗一郎「いや、いいんだ。すまない。来年は一緒に…。きっと祭りにも行けるようになってる」
ミッちゃん「約束ね」
宗一郎「必ず…」
ケンちゃん「ほら、おいていくぞ!」
ミッちゃん「まってよケンちゃん!」
宗一郎「(手紙)あの頃、だんだんと二人と一人になっていくような感じがしていた。元より、同い年の二人の方が仲は良かった。けれど、自分の体調のせいで君たちと距離ができて行くのを寂しいと感じるようになっていた。その頃からか、ケンちゃんの隣を歩くミッちゃんが目につくようになったのは」
(間)
ケンちゃん「ミッちゃん、母ちゃんがご近所にお裾分け持っていけって。いくぞー」
ミッちゃん「はーい、ちょっとまって!」
(間)
ケンちゃん「ミッちゃん!映画観に行くぞ!」
ミッちゃん「うん!」
(間)
ケンちゃん「ミッちゃんこれ、やる」
ミッちゃん「素敵なハンカチ…ありがとうケンちゃん!」
(間)
ミッちゃん「ケンちゃん、おはよう!」
ケンちゃん「おはよう、ミッちゃんのお迎えは早いな」
ミッちゃん「ケンちゃんが朝寝坊しても間に合うようにね」
ケンちゃん「もうしないよ…」
ミッちゃん「ふふふ」
ケンちゃん「…じゃあ、兄ちゃん。行ってくるな、帰りに薬もらってくるから。あんまり無理しちゃだめだよ」
ミッちゃん「行ってきます、そう兄ちゃん」
宗一郎「ああ…。気をつけて……(間)ゴホッ…」
宗一郎「(手紙)ミッちゃんから出かける誘いがこなくなるほど、私の体調不良は長引き、自分でもどんどんと弱っていくのが分かった。ひたすら机に齧り付き、勉強をするしかできることが無くなっていく。ただ、手を動かすとこで、なんとも言えない寂しさを紛らすこともできていた。そして、20歳になったころ。私にも徴兵検査を受ける通知が届いた。重たい体を引きずり、母校の小学校の体育館へと出向く。全ての衣服を脱がされ、なにも身につけていない自分の体が、周りの男たちにくらべ、痩せ、骨が浮かんでいるのが目についた。…結果は、戊種合格であった。母に結果報告をした時の、あのなんとも言えない表情を良く覚えている。その頃からか、村の人間の視線が気になり始めるのだ」
おばさん①「髙橋さんちの宗一郎ちゃん、戊種合格ですって…」
おばさん②「あそこは裕福だから。長男を兵隊に出したくないのよ。なにかズルをしたのね」
おばさん③「ほら、良く言うじゃない?わざと体調不良を装って、免除してもらうって。きっと髙橋さんちもそうしたのよ。宗一郎ちゃん、頭だっていいし…、稼業を継がせるんでしょう?」
おばさん①「お医者にお金でも渡したんでしょう」
おばさん③「ズルねぇ…」
おばさん②「うちの長男なんて、数日前に白紙が届いて…。演習招集ですって」
おばさん①「うちのところも…。にしても、ズルねぇ」
おばさん③「結核だっていうけれど、弟の健太郎ちゃんは元気じゃない。病気が移らないのはおかしいわ」
おばさん②「そうよねぇ。ここ最近の体調不良だって、徴兵検査のために嘘付いてたんじゃないかしら」
おばさん①「これだから、裕福なお家は…」
おばさん②「そういえばミッちゃん…宗一郎ちゃんに嫁ぐって聞いたけど…。20歳になったんだからそろそろよね」
おばさん③「あら、かわいそうにね。あんなズルをする家に嫁ぐなんて」
おばさん①「もし本当に結核だったとしたら、それこそミッちゃんがかわいそうよ…」
おばさん③「ほんとにねぇ…」
(間)
ケンちゃん「ミッちゃん!支度はできたー?」
ミッちゃん「ちょっと待ってケンちゃん!ねぇ見てケンちゃん。このお洋服とても素敵でしょ?」
ケンちゃん「本当だ、良く似合ってる」
ミッちゃん「ふふっ。新しいワンピース卸してもらったの。私この柄、とても気に入ったわ」
ケンちゃん「素敵だね。さ、早く行かないと遅れてしまうよ」
ミッちゃん「いけない!いそがなくちゃ…!」
宗一郎「ミッちゃん…」
ミッちゃん「あ…。なあに?そう兄ちゃん」
宗一郎「すまない…。また一緒に行けなくて…」
ミッちゃん「ううん!気にしないで。そう兄ちゃんはよく休んでいて」
宗一郎「すまない…。洋服、とても似合っているよ」
ミッちゃん「あ、…。ありがとう。行ってきます!…いこっ!ケンちゃん」
ケンちゃん「あ、うん」
宗一郎「来年は、必ず…ゴホッゴホッ」
三千代「あら、ミッちゃん。やっぱりそのワンピース似合ってるわ」
ミッちゃん「おばさん、ありがとう!行ってきます」
三千代「気をつけてね」
宗一郎「ゴホッ…ゴホッ、ヒュー…ヒュー…」
三千代「宗一郎、薬と水を。置いておきますね」
宗一郎「ゴホッ、すみません…母さん。…母さん、私は結核なのでしょうか…。ならば私はみんなに病気を移したくない。どこか1人で暮らしたいと…」
三千代「もう一年近く、共に過ごしていてみんな健康ですから…。大丈夫ですよ」
宗一郎「ですが、ならどうして私は戊種合格なのでしょうか…。お医者様は誤診をされているのでしょうか…」
三千代「母には分からないことです。だけどね宗一郎。私は少しだけ、安心もしているのですよ。あまり大きな声では言えないけど」
宗一郎「私は、母さんや父さんがご近所から疎まれるのが耐えられないのです」
三千代「宗一郎…」
宗一郎「ケンちゃんや、ミッちゃんだって友人からなんと言われているか…」
三千代「…あのね、宗一郎。ミッちゃんのことなのだけど…」
宗一郎「…はい」
三千代「もうあなたは20歳になったのでミッちゃんを嫁がせようと思ってはいたのですが…」
宗一郎「…はい」
三千代「もう少し、先延ばしにしてもいいんじゃないかって。お父さんや野村さんと話していてね。ほら、もう少し元気になってからでも遅くないでしょう?」
宗一郎「申し訳…ありません。…ゴホッゴホッ」
三千代「よく、休みなさい…」
宗一郎「はい…」
(間)
宗一郎「(手紙)あの日母からそう言われ、どうしようもない無力感が襲った。なぜこの体はこうも弱々しく、自由が効かないのだろうかと。せめて徴兵検査に受かっていたら。ご近所からの目や、婚姻の話だって、そう悔やむ日々が始まってしまったのだ。…それから1年。相変わらず私の体調は良くならず、徴兵検査の再検査をしても結果は変わらずだった。ミッちゃんとの婚約も話題には上がらず、床に伏せる日々であった。その年、ケンちゃんとミッちゃんは17になっていた。二人は日が経つにつれ、仲良くなっていくように私には映っていた。ある日の朝食後、母から切り出されたのだ」
三千代「宗一郎、少しいいですか」
宗一郎「なんですか、母さん」
三千代「…あのね、ミッちゃんをね。健太郎に嫁がせようかと思っているの」
宗一郎「…」
三千代「宗一郎…?」
宗一郎「あ、はい。すみません、そう…ですか」
三千代「あなたの体調は良くなる兆しがないし…。このままだとお父さんの仕事も継げるかどうか…。それにね、あの二人。既に恋人同士みたい。…悪く、思わないでちょうだいね」
宗一郎「そう、でしたか…」
三千代「宗一郎?」
宗一郎「あ、いえ、はい…。きっとそれがいいと思います。ミッちゃんも私なんかより、ケンちゃんと共にいる方が幸せでしょう」
三千代「良かった、宗一郎がそう言ってくれて」
宗一郎「いえ…」
宗一郎「(手紙)頭が揺れたような感覚だった。ケンちゃん、すまない…。本当に愚かでどうしようもないが、その時に初めて、自分がミッちゃんに対して恋心を抱いていたことに気付いたのだ。お前たちがどれほど仲良くなろうと、自分も気付かぬ腹の底で、どうせミッちゃんは自分に嫁いで来るとふんぞり返っていたのだと思う。幼い頃からそう兄ちゃん、そう兄ちゃんと私にべったり懐いていたし、私が病に倒れてからも蔑む顔一つせず優しく接してくれたミッちゃんに、きっと大丈夫だと甘えていたのだ。とうにミッちゃんは、私なんかを好いてはおらず、お前を愛していたのに…。それすらも気付かず…。馬鹿だったと思う。ケンちゃんが、私にミッちゃんとの関係を言えなかったのは、全て私の態度のせいであったと、申し訳なくなった。ミッちゃんにも、申し訳ないと(被り)ーーー」
カスミ「(被り)宗一郎さん」
宗一郎「あ、カスミさん…」
カスミ「お夕飯、できましたよ?」
宗一郎「すみません、こんな遅くに…」
カスミ「いいんですよ」
宗一郎「すぐ、向かいます…」
カスミ「お仕事ですか?」
宗一郎「あ、いえ…。仕事ではないのですが…。やらねばならぬことです」
カスミ「そうですか。あまり無理をされると体に障ります」
宗一郎「そう、ですね」
カスミ「……、あの、宗一郎さん」
宗一郎「あ、すみません、冷めてしまいますね。すぐ行きます」
カスミ「あ…。そうですね」
(間)
宗一郎「(手紙)ケンちゃん、ほんとうにすまない…。どうしようもない兄だった」
(間)
⑧SE"スズメのさえずり"C.I
ケンちゃん「兄ちゃん。今、少しいい?」
宗一郎「ケンちゃん…。ああ、大丈夫だよ。(体を起こす)」
ケンちゃん「あ、寝たままでも大丈夫!無理しないで…」
宗一郎「いや、大丈夫だよ。どうした?」
ケンちゃん「…兄ちゃん。あのね、あの…」
宗一郎「……。おめでとう」
ケンちゃん「え…?」
宗一郎「ミッちゃんと、結婚するんだろ?」
ケンちゃん「あ、…うん」
宗一郎「良かったじゃないか」
ケンちゃん「兄ちゃん…、本当に俺でいいのかな」
宗一郎「付き合っているんだろう?ミッちゃんもそれを望んでいるってことだ」
ケンちゃん「兄ちゃん…。俺、兄ちゃんみたいに頭も良くないし、長男でもないよ…。兄ちゃんはずっとずっと家のために頑張って来たじゃないか…」
宗一郎「…。どうしたってこの体は弱くて仕方ない。お前は強いよ、俺じゃミッちゃんを守っていくことも、家を守ることもできない」
ケンちゃん「でも、兄ちゃん…」
宗一郎「俺は、いいんだ。ケンちゃんとミッちゃんが幸せになってくれるなら、いいんだ」
ケンちゃん「兄ちゃん…俺、頑張るから…。ごめん、兄ちゃん…」
宗一郎「あまり謝るな」
ケンちゃん「俺、兄ちゃんのこと大好きだからさ…。怖かったんだ」
宗一郎「俺もだよ…」
ケンちゃん「ねぇ、兄ちゃん…」
宗一郎「なんだ?」
ケンちゃん「俺、兵隊さんに志願しようと思うんだ…」
宗一郎「…どうしてだ?」
ケンちゃん「兄ちゃんは、本当に体調が悪いのに…近所のおばさんたちに悪口言われるだろ…。俺、それが許せなくて。でも、ミッちゃんが俺と結婚するって決まった後に、俺が兵隊さんになったら皆んな分かってくれるだろ?兄ちゃんや、父ちゃんや母さんがズルしたんじゃないって」
宗一郎「それにしたって、別に今すぐ志願することは無いだろう。20才を待ってからでも遅くはないよ」
ケンちゃん「あと3年も兄ちゃんが悪口言われるなんて、耐えられないよ…」
宗一郎「ケンちゃん…」
ケンちゃん「ほら、俺は兄ちゃんみたいに頭も良くないし…。でも、体だけは丈夫だ。大丈夫…検査を受けるだけだよ。日本はきっと勝つんだ。こっちの方まで赤紙は来ないって皆んな言ってる。だから、きっと大丈夫だよ」
宗一郎「考え直しては、くれないだろうか」
ケンちゃん「もう充分考えたよ。母さんたちにはこれから伝えるつもり。大丈夫だ」
宗一郎「ケンちゃん…」
ケンちゃん「大丈夫さ、たった3年訓練をしたらあとは戻って来られる。きっと出兵しない間に日本は勝つんだ。大丈夫だ」
宗一郎「ミッちゃんにはなんて伝えるんだ…」
ケンちゃん「少しだけ、待っててほしいってもう伝えてある。ミッちゃんもわかってくれたよ」
宗一郎「そうか…」
ケンちゃん「じゃあ、そういうことだから…」
宗一郎「(手紙)あの時もっとしっかり止めておけばよかったと後悔が絶えない。17歳のお前は自分や自分の愛する人を差し置いてでも、不甲斐ない兄の為に入営を決意した。どれほどの覚悟であっただろうか。無事に徴兵検査に合格したお前は、母やミッちゃん、村の人に見送られながら、不安そうな顔一つせずに家を出て行った」
⑨SE"蒸気機関車"C.I
ケンちゃん「では、行ってきます」
三千代「…どうか、無事で」
ケンちゃん「心配しないで、母さん」
ミッちゃん「……」
ケンちゃん「ミッちゃん?」
ミッちゃん「……」
ケンちゃん「ミッちゃん、顔を見せて」
ミッちゃん「だめ」
ケンちゃん「どうして」
ミッちゃん「今、ケンちゃんの顔をみたら私…」
ケンちゃん「何も怖いことはないよ。すぐ戻ってくる。顔をみせて」
ミッちゃん「……。(顔をあげる)」
ケンちゃん「はは、久しぶりに泣き虫ミッちゃんだ」
ミッちゃん「う、うう、、」
ケンちゃん「しっかりな」
ミッちゃん「うん」
ケンちゃん「兄ちゃん」
宗一郎「ケンちゃん」
ケンちゃん「兄ちゃん、ミッちゃんと母さんを頼んだよ」
宗一郎「ああ…」
ケンちゃん「では、行ってくるよ」
宗一郎「…ケンちゃん!」
ケンちゃん「何、兄ちゃん」
宗一郎「ありがとう…」
ケンちゃん「…ははっ、…うん!」
宗一郎「(手紙)あの時、笑って旅立って行ったケンちゃんの姿が目の裏にこびりついてしまっている。なぁ、ケンちゃん、どうして俺はあの時お前に“ありがとう”なんて言葉をかけてしまったのだろうか。私の為に、出兵を急かしてしまったのに。ミッちゃんがいたのに。勉強だってしたかっただろうに。きっと私は自分勝手な性格なのだ。口では申し訳ないだの、母たちが悪く言われるのが耐えられないだの、周りを気遣う風なことを言っておきながら、本心は安堵だったのだ。幼い頃は優秀だと甘やかされ、周りから慕われ、長男の恩恵を受け、自分が可愛くて仕方がない、自分勝手な男だ。お前が兵隊になれば、自分への誹謗中傷が止み、自分は悪くなかったと周囲に知らしめることができると心の奥底で思っていたに違いない。でなければ、ありがとうなんて言葉、どうしてお前にかけられただろう。俺がありがとうと言った時の困ったようなケンちゃんの笑いが離れないんだ。お前は優しいから、笑ってくれたが、本当は憎かったのではないか。そんな考えが一生自分の中で根を張ってしまった」
カスミ「…いちろうさん、…宗一郎さん?」
宗一郎「…」
カスミ「宗一郎さん」
宗一郎「あ、何でしょうか、カスミさん」
カスミ「お口に合いませんでした…?」
宗一郎「いえ…!すごく、美味しいよ」
カスミ「…。なんだかお疲れですね。最近ぼーっとしていることが多いような。何かありました?」
宗一郎「いや、何も。…少し考えることがあって…」
カスミ「悩み事?」
宗一郎「いえ…」
カスミ「私には言えないことでしょうか…」
宗一郎「あ、いえ!なにもやましいことはしていません」
カスミ「そんな心配はしていないですよ」
宗一郎「はい…」
カスミ「もし、私が聞いても良い内容でしたら、話してはくれませんか?最近の宗一郎さん、すごく苦しそうで…」
宗一郎「…心配をかけて、すまない」
カスミ「頼ってほしいだけです…」
宗一郎「……」
カスミ「……」
宗一郎「…昔の事を、思い出していたんだ…」
カスミ「昔の…」
宗一郎「すまない、それだけだよ。うん、ごちそうさまでした」
カスミ「宗一郎さん?」
宗一郎「はい…」
カスミ「あまり、1人で抱え込まないで…」
宗一郎「向き合いたいんだ…」
カスミ「……。お布団、準備しますね」
宗一郎「ああ、すまない…」
カスミ「いえ…」
宗一郎「カスミさんもたまには何処かへ泊まりに行ってはいかがです…?」
カスミ「…なぜですか?」
宗一郎「私といたら、気が休まらないでしょう」
カスミ「なぜそう思うのです」
宗一郎「…”私”だからです」
カスミ「…。ねぇ、宗一郎さん」
宗一郎「はい…」
カスミ「今日は、私もそちらに布団を敷いてもいいですか?」
宗一郎「え、いえ。いけません」
カスミ「…ですが」
宗一郎「やめましょう、無理をするのは」
カスミ「無理だなんて、誰も…」
宗一郎「私たちは、そういうのじゃないだろう」
カスミ「…そう、ですか…。おやすみ、なさい」
宗一郎「うん、おやすみ」
(間)
⑩SE"スズメのさえずり"C.I
三千代「宗一郎、起きてこられる?食事、部屋まで持って行きましょうか?」
宗一郎「いえ、そちらへ行きます」
三千代「そう。ミッちゃんが食事を用意してくれたの。あの子はお料理が上手ね、良いお嫁さんになるわ」
宗一郎「…そうですね」
三千代「さ、冷めてしまいますから」
宗一郎「はい」
(襖を開ける音)⑪SE"襖"C.I
ミッちゃん「そう兄、あ、宗一郎さん。お部屋に持って行かなくて良かったの?」
宗一郎「……、ああ、今日は比較的体が楽だから」
ミッちゃん「よかった、これから良くなっていくといいですね」
宗一郎「……」
ミッちゃん「宗一郎さん?」
宗一郎「…呼び方、そう兄ちゃんは卒業したのかい?」
ミッちゃん「あぁ…ほらだって。ケンちゃんのお嫁さんになるのに、そう兄ちゃん呼びはおかしいでしょう?」
宗一郎「それもそうだね」
ミッちゃん「まだ少し、慣れないけれど…」
宗一郎「…そうか。なんだか、距離を感じてしまうね」
ミッちゃん「……」
宗一郎「…すまない。いただくよ」
ミッちゃん「あ、ええ。お口に合えばいいけど」
宗一郎「いつも美味しいよ」
ミッちゃん「ありがとう」
(間)
三千代「2人とも、健太郎から手紙が届きましたよ」
ミッちゃん「ケンちゃんから…!?」
三千代「はい、これはミッちゃん宛てに」
ミッちゃん「ありがとうございます…!」
三千代「宗一郎、これは家族宛てにと。私はもう読みましたから」
宗一郎「ありがとう、母さん」
(軽めにエコーかけて)
ケンちゃん「(手紙)母さん、父さん、兄ちゃん、変わらずお元気でしょうか。私は慣れない仕事に日々従事しておりますが、持ち前の体の強さ、体遣いの感が良く、同期の中でも優秀と評価してもらっています。兄ちゃん、体調はいかがですか?こちらはとても暑いです。兄ちゃんがこっちへ来たら、きっとへばってしまうね。そちらで良く体を休めて、次会う頃にはきっと元気な姿を見られることでしょう」
三千代「健太郎、優秀なんですって。昔から運動は得意だったものね」
宗一郎「そうみたいですね…。とても元気そうだ」
三千代「返事、書いたら出しておきますから」
宗一郎「はい…」
ミッちゃん「……」
宗一郎「ミッちゃん、大丈夫かい?」
ミッちゃん「あ、ええ、大丈夫よ。…洗い物しなくちゃ」
宗一郎「(手紙)ケンちゃんから手紙が届くと、ミッちゃんはいつも台所で泣いていた。月に何度も手紙を送ってくれたのに、私は返事を書くことが出来なかった。何を書けばいいか分からず、何を書こうとしても後ろめたくて、次会った時に伝えようと、先延ばしにしてしまったんだ。熱心にあれだけ手紙をくれていたのに。本当に薄情な兄だった。1945年、いよいよ戦争も激化してきた頃。幸い、私たちの町には大きな空襲は無くラジオを聴きながら日々の戦況を伺っていた。そんな中、一度だけケンちゃんからの手紙で返事を促されたことがあったね」
(軽くエコーかけて)
ケンちゃん「(手紙)兄ちゃん、母さんから兄ちゃんのことも聞いているが、やはり兄ちゃんからの返事が欲しい。体調は本当に大丈夫でしょうか。心配です。兄ちゃんも知っているとは思いますが、最近はこちらも慌ただしいです。まだ私は訓練の身なので、旅立つ仲間を見送る日々です。
そうしていると、いつも兄ちゃんのことを思い出して、本当は私の知らぬ間に兄ちゃんも旅立ってしまっているのではないかと不安になるのです。どうか、兄ちゃんの字で返事が欲しい」
宗一郎「(手紙)そこまで言われ、やっと初めて筆を取った。”ケンちゃん、いつも手紙ありがとう。中々起き上がれる日が無く、母さんに頼んでしまっていて申し訳なかった。兄はまだ生きているから安心してほしい。家族を守れないダメな兄で申し訳ない。しっかりな、応援しています。”…
中々起き上がれないなど、返事を書かなかった無礼を偽り、本当に伝えないといけないことからは逃げ。やっと届いた兄からの手紙があれぽっちで、さぞがっかりしたのではなかろうか。…まさか最後になるとは思いもしなかったのだ。それからしばらくして、東京に大きな空襲があったと知る。沢山の人が死んだとラジオから流れてきた。またすぐに大阪にも」
三千代「…日本は大丈夫かしら」
宗一郎「大丈夫だ、母さん」
三千代「健太郎、飛行機に乗る訓練をしてるんですって…」
宗一郎「母さん、まだケンちゃんは訓練生なのだから。すぐに戦地に行くことはないさ。まだ1年と少ししか経っていないだろう。訓練を終える頃にはきっと戦争は終わっているさ」
三千代「ええ、そうね…」
宗一郎「きっと、大丈夫だ」
三千代「…ミッちゃんが心配。最近食事も進まないみたいで」
宗一郎「少し、様子を見てきます…」
三千代「そうね…。そうだこれ…。ミッちゃんに持って行ってあげて」
宗一郎「キャラメルですか…」
三千代「少ししか無くて申し訳ないけど、お願いね」
宗一郎「わかりました」
(間)
宗一郎「ミッちゃん、いるかい?」
ミッちゃん「宗一郎さん…?」
宗一郎「入ってもいいかな、少し話そう」
ミッちゃん「うん、どうぞ」
⑫SE"襖"C.I
宗一郎「母さんが、ミッちゃんの元気が無いのを心配していたんだ」
ミッちゃん「ごめんなさい、心配かけてしまって…」
宗一郎「…無理もないさ。これ、母さんがミッちゃんにって」
ミッちゃん「キャラメル…」
宗一郎「少し、隣に座るね」
ミッちゃん「どうぞ…。…体調は大丈夫ですか?」
宗一郎「ああ、今日は比較的よく体が動く。咳もそれほど酷くない」
ミッちゃん「良かった」
宗一郎「…ケンちゃんのことが心配かい?」
ミッちゃん「…だって、沖縄で飛行機を使う作戦が始まったってラジオで流れていたわ」
宗一郎「大丈夫だよ、ケンちゃんはまだ行かない」
ミッちゃん「でも、いつまでこの戦争が続くかなんて分からないじゃない」
宗一郎「ミッちゃん…」
ミッちゃん「まだ大丈夫でも、来年になったら?その次は?」
宗一郎「ミッちゃん」
ミッちゃん「私、怖い…」
宗一郎「ミッちゃん…」
ミッちゃん「…キャラメル、ケンちゃんも大好きよね…。まだ小さい時、3人でお小遣い握りしめて、お使いに行って…」
宗一郎「…」
ミッちゃん「私はチョコレートが良かったのに、ケンちゃんがキャラメルが良いって聞かなくて…。結局、私がじゃんけんに負けて皆んなでキャラメル…食べて…」
宗一郎「…そうだったね」
ミッちゃん「今だったら、ケンちゃん、チョコレート選んでくれるのかな…」
宗一郎「…」
ミッちゃん「ごめんなさい、宗一郎さんに話すことじゃないのに…」
宗一郎「どうして」
ミッちゃん「ねえ、宗一郎さん…」
宗一郎「なんだい?」
ミッちゃん「宗一郎さんは、私のこと、好いていてくれたでしょう…?」
宗一郎「……え」
ミッちゃん「ごめんなさい、私、ずっと気づいてたのに…逃げていたの」
宗一郎「……」
ミッちゃん「応えられなくて、ごめんなさい…」
宗一郎「……」
ミッちゃん「…そう兄ちゃん……、私、怖いよお」
宗一郎「(手紙)久しく聞いていなかったそう兄ちゃん呼びに、ああ、この子は本当にお前の死を恐れているんだと思った。同時に、この醜い恋心は一生、心の奥底の、誰にも見つからない暗い場所に閉じ込めようと決めたのだ。目の前で震える小さな体をそっと抱きしめながら、これが最後だと…。そう誓いながら…。」
宗一郎「…ミッちゃん、私のは恋心なんかではないよ。これは慈愛だ。…大丈夫さ。きっと」
(間)
宗一郎「(手紙)5月。太平洋戦争末期。その知らせは突然だった。
いつものように私と母、手伝いをしてくれているミッちゃんで家にいた。玄関の戸が開く音がして、いつもどおり母が向かう。なんともなしに、その光景を横目で追い、しばらくすると玄関から何か倒れるような音が聞こえた。見に行くと、誰もいない玄関で座り込む母の姿があった」
宗一郎「母さん…?どうかしましたか?」
三千代「……」
宗一郎「母さん…」
三千代「健太郎が、健太郎が…」
宗一郎「ケンちゃんが、どうしたの…」
三千代「5月の11日に、沖縄へ出撃したと…」
宗一郎「え…?」
三千代「特攻に行った、と…」
宗一郎「なん、で…」
三千代「健太郎が、死んじゃった…!(咽び泣く)」
宗一郎「…うそだ、だってまだケンちゃんは」
ミッちゃん「宗一郎さん…?」
宗一郎「ミ、ッちゃん…」
ミッちゃん「…あ、」(走り去る)⑬SE"足音"C.I
宗一郎「ミッちゃん…!ゴホッ、ゴホッ…、ヒュ、ゴホッ、ヒュー、ヒュ、」
三千代「宗一郎、宗一郎!しっかりして!宗一郎!」
宗一郎「(間)その日、私は久しぶりに倒れてしまい、目が覚めたのは次の日だった。ああ、夢かと、そう思った。なんと不謹慎な夢を見たことかとそう思いながら体を起こすと、枕元にはミッちゃんがいた」
宗一郎「…ミッちゃん、ずっとそこに…?」
ミッちゃん「宗一郎さん、起きました?体調はいかがですか?」
宗一郎「あ、ええ…。だいぶ落ち着きました。なんだか、とても悪い夢を見てしまって…」
ミッちゃん「…ッ!」
宗一郎「ミッちゃん…?」
ミッちゃん「…そうです、きっと、悪い夢です。何かの間違いに決まってます。だって、ケンちゃんはまだ、訓練生だから、きっとお国が間違って報告したに違いないの。だってまだなにも通知は来てないもの…。何かの間違いだわ…」
宗一郎「ミッちゃん…」
ミッちゃん「おばさんも、今日は寝込んでしまっているの。お食事用意しますね」
宗一郎「ミッちゃん…?」
ミッちゃん「…なぁに?宗一郎さん」
宗一郎「…いえ」
ミッちゃん「少し、待っててくださいね…」
宗一郎「(手紙)やはり、知らせは夢では無かった。でも、ミッちゃんはいつものように家事をこなし、いつものように振る舞っていた。あんなに泣き虫だったミッちゃんが、強くなったと思った。そして、ケンちゃんの死を聞いても涙の出ない自分に嫌気がさした。5月20日。母は寝込んだままだった。ミッちゃんと居間にいると、玄関から速達だという声が聞こえてくる」
宗一郎「郵便だそうだ、行ってくるよ」
宗一郎「(手紙)そうミッちゃんに伝え、立ち上がると何かに引っ張られた。見ると、私の裾をミッちゃんが掴んで離さないのだ」
宗一郎「ミッちゃん?郵便を取りに行くんだ」
ミッちゃん「…ダメ」
宗一郎「ミッちゃん?」
ミッちゃん「いや、やだ、行ったらダメ…お願い」
宗一郎「すぐ、戻ってくるよ」
ミッちゃん「やだ…」
宗一郎「大丈夫だから…」
宗一郎「(手紙)そっとミッちゃんの手を取り、玄関へ向かうと、一枚の葉書と2通の手紙を受け取った。そのハガキを見てミッちゃんが私を引き留めた理由がわかった。『死亡告知書 官等級氏名 陸軍伍長 髙橋健太郎 右五月十一日 沖縄方面戦闘において戦死』ミッちゃんは、この紙が届くまでお前が死んだことを信じずにいただけだったと気づいた。なにも強くなったわけじゃない。ただただ、何かの間違いだと、ケンちゃんは生きていると、そう信じて正気を保っていたんだと。そしてそれは、私も同じだったのだ」
宗一郎「なんで、なんでケンちゃんが…。…くそ!なんで!!なんで私じゃないんだ!!ゴホッ、ゴホッ、なぁ君、私も戦地へ連れて行ってくれ。私も弟のように、お国のために命を捧げる。お願いだ…私みたいな出来損ないでも爆弾の代わりくらいなれるだろう??なあ、頼む、ヒュ、ゴホッ、…私も連れていってくれ、でないと、あの世で弟に顔向けできないじゃないか…ゴホッ、ゴホッ」
三千代「宗一郎…!?宗一郎、やめなさい、その方に言っても仕方のないことです。冷静になりなさい」
宗一郎「ヒュ、なぜ、私を合格にしてくれないのですか…!こんなに人が死んで、誰も彼も駆り出されているのに!ただの誤診じゃないか…、私だって戦えた!!私が出征してさえいれば、ケンちゃんは自ら兵隊になることなぞ選んでいなかったのに…!私のせいだ、私のせいでケンちゃんは!…私だって、私も…死にたい…」
ミッちゃん「そう兄ちゃんっ!!!」
宗一郎「ミッちゃん…」
ミッちゃん「死にたいだなんて、言わないでよ!ケンちゃんは、そう兄ちゃんを守りたかったのに…、やだよ、なんで、そんなこと」
宗一郎「…!すまない、ごめ、ごめんっ、ミッちゃん」
ミッちゃん「そう兄ちゃん、ひとりに、しないで…」
宗一郎「うっ、うう、あああ」
ミッちゃん「いかないで…」
宗一郎「う、ゴホッ、ゴホッ、うう、」
ミッちゃん「そう兄ちゃん…」
宗一郎「(手紙)それからしばらくして、広島と長崎に原子爆弾が落ち、沢山の人が亡くなり、8月15日、終戦した。後にケンちゃんは訓練を早々に切り上げられ、特攻に間に合わされてしまったと知った。なあ、ケンちゃん。お前は俺のことを憎んでいるだろう?そうでないとおかしいのだ。ミッちゃんのことを置いていかなければならない時に、後悔したことだろう。でも、最後の最後までお前は優しい言葉しかかけてくれなかった。ハガキの他にも手紙と、出撃直前に書いたのだろう絶筆には『先に行くこと、許してください。母さん、父さん、兄さん、ミッちゃん、愛しております。では、行ってきます。兄さん、約束果たせず申し訳ない。きっと元気になります。』と、ミッちゃんではなく私を気遣う言葉で。なんでそこまで兄を気遣うのか。私はダメな兄なのだから、そんな気遣いは無用だというのに。でもきっと、それがケンちゃんなのだろう。なあ、ケンちゃんごめんなあ。こんな兄で、ごめん。あれが最後の手紙になってしまって、ごめん。いくら謝っても謝りきれない。」
宗一郎「ごめんなぁ、ケンちゃん…」
カスミ「(襖越しから)寝付けませんか?」
宗一郎「…あ、すみません。灯りが漏れていましたか?」
カスミ「いえ…。私も寝付けなくて…」
宗一郎「すみません、すぐ消します」
カスミ「宗一郎さん?」
宗一郎「はい」
カスミ「少し、話をしない?」
宗一郎「話…?」
カスミ「開けてもいい?」
宗一郎「それは…」
カスミ「そちらに行って、話したいです」
宗一郎「…朝にしよう。今は早く寝た方がいいよ」
カスミ「宗一郎さん」
宗一郎「……」
カスミ「…!(襖を開ける)」⑭SE"襖"C.I
宗一郎「か、カスミさん、」
カスミ「何もやましいことはないでしょう?」
宗一郎「ダメだよ、やめよう。こんなことは」
カスミ「旦那の寝室に妻がいることの、何がそんなにいけないことでしょうか」
宗一郎「…、ではせめてそこまでにしてくれないか」
カスミ「…。何が、そんなに嫌なのですか」
宗一郎「そういう訳じゃないんだ…」
カスミ「そんなに私が嫌いですか」
宗一郎「え…」
カスミ「一緒に寝ることも嫌なほど?」
宗一郎「カスミさん…?」
カスミ「弟の婚約者だった私は、そんなに汚れていますか…!」
宗一郎「か、すみさん…?」
カスミ「すみません、ごめんなさい…。分かってる、分かっているんです…。あなたがそういう意味で言ってるんじゃないって」
宗一郎「カスミさん、もう寝よう…。きっと疲れているんだ」
カスミ「宗一郎さん?宗一郎さん、ねえ」
宗一郎「……」
カスミ「ねぇ、目を…見てください」
宗一郎「……やめよう」
カスミ「お願い、私を見て…」
宗一郎「……」
カスミ「…宗一郎さん!」
宗一郎「……はい」
カスミ「私のことは、嫌いですか」
宗一郎「いいえ」
カスミ「なら、触れてください…」
宗一郎「それはできないよ」
カスミ「なぜですか」
宗一郎「私は、貴女と結婚するべきでは無かった」
カスミ「誰が、言ったんです、そんなこと…」
宗一郎「君もわかっているでしょう」
カスミ「私の旦那さんは宗一郎さんです…」
宗一郎「無理をしないでくれるかい?」
カスミ「なにが無理です」
宗一郎「いつも言っているではないですか。外に遊びに行ったらいいと。きっと良い人が見つかる」
カスミ「何言ってるの」
宗一郎「何も言わず、私は貴女のことを手離すので心配しないでください。カスミさんが本当に愛せる人と出会うまで、貴女の純潔を保って、養っていくことだけが私の役目です」
カスミ「純潔なんて…そんなものっ!…っ(キスをする)」
宗一郎「…!!?」
カスミ「…っは」
宗一郎「か、すみ…っん」
カスミ「だまってください」
宗一郎「やめ、…っ離れなさい!」
カスミ「…。純潔なんて、そんなもの。私が身を委ねたいと思っているのは宗一郎さんだけです…」
宗一郎「嘘だ…」
カスミ「嘘じゃありません」
宗一郎「貴女が愛しているのは僕じゃなくて、ケンちゃんだ…!」
カスミ「なにを…」
宗一郎「やめてくれ…、もうこれ以上、ケンちゃんから大切なものを奪いたくないんだ…」
カスミ「宗一郎さんっ…」
宗一郎「謝っても、謝っても、謝りきれないんだ…。私が君と幸せになるこなんて、許されることじゃない…」
カスミ「……」
宗一郎「せめてもの、償いなんだよ。せめて君がケンちゃんを忘れて、他に愛する人と生きれるように…。それまで不自由しないように…。生き延びてしまった私にできる、唯一の…」
カスミ「…宗一郎さん、お願い…。あまり自分を追いつめないで…。なにも悪くない、お願い…」
宗一郎「無理だ…」
カスミ「宗一郎さん、ねぇ…。宗一郎さんは、私のことが嫌いですか?」
宗一郎「……っ」
カスミ「宗一郎さんが、私のことが嫌いとおっしゃるのなら潔く家を出ます」
宗一郎「嫌いなわけがないじゃないか…」
カスミ「宗一郎さん、愛しています…」
⑮BGM"夏の思い出"C.I↓
宗一郎「なに、を…」
カスミ「私は、貴方を、愛しています」
宗一郎「やめてくれ」
カスミ「何度だっていいます。愛しているんです」
宗一郎「ありえない、やめてくれ…」
カスミ「…私は、ケンちゃんが好きでした。心から。意地悪を言うところも、照れくさそうに笑う顔も、私の名前を呼んでくれる声も。全てが…」
宗一郎「……すまない」
カスミ「ケンちゃんのお嫁さんになりたいと、思っていましたよ」
宗一郎「すまない…」
カスミ「でもね、宗一郎さん?それは思い出です。大切な過去なんです。私たちは、今を生きなくてはいけない」
宗一郎「……」
カスミ「私は貴方と結婚して、貴方の優しさに触れて、弱さに触れて、こんな私でも大切にしてくれる貴方に恋をしたのです」
宗一郎「私は貴女を愛してはいけないんだよ…。頼む、わかってくれないか」
カスミ「私は、今、貴方のことを愛しています」
宗一郎「……」
カスミ「…一度、ケンちゃんに愛されてしまった私に、貴方から愛される資格は…無いのでしょうかっ…」
宗一郎「ケンちゃんに、申し訳ないんだ」
カスミ「前を向きましょう?ケンちゃんの想いを無駄にしないで。大好きなそう兄ちゃんが幸せになることを願っていたんだと思いますよ?ケンちゃんの意思を引き受けることこそが、私たちにできる唯一の恩返しだと、私は思います」
宗一郎「……」
カスミ「宗一郎さん?抱きしめてもいいですか?」
宗一郎「…はい」
(間)
⑯SE"ヒバリの声"C.I
健介「あははは!お父さんみて!!僕の紙飛行機すっごい飛んだの!!」
宗一郎「本当だ、良くできてるじゃないか」
健介「うん!!川で遊んだ時も僕が1番飛んだんだよ!」
宗一郎「そうか、すごいな」
健介「おじさんにも自慢してこよーっと!」
宗一郎「あ、こら!しっかり靴は揃えなさい」
健介「あとでー!!」
宗一郎「まったく」
カスミ「あら、健介は?…よいっしょっと」
宗一郎「ケンちゃんに飛行機の自慢をするんだそうだ」
カスミ「あらかわいい。健介ー?カルピスあるから、終わったらこっちで飲みましょうね」
健介「はーーい!健太郎おじちゃんみて!僕の飛行機すっごい飛ぶんだよ!すごいでしょ!健太郎おじちゃんにも1つあげる!ここ置いておくね!」
カスミ「健介はケンちゃんが大好きね」
宗一郎「いつも寝る前におじちゃんの話聞きたいって言ってくるよ」
健介「カルピス、カルピス~!」
カスミ「健介、ゆっくり飲みなさい?」
宗一郎「健介もお兄ちゃんになるんだから、もう少し落ち着いたらどうだ?」
カスミ「あら、元気なお兄ちゃんもいいわよね」
健介「弟ができたら、紙飛行機教えてあげるの!妹だったら、優しいお兄ちゃんになる!」
宗一郎「そうか」
カスミ「ふふふ」
宗一郎「(手紙)ケンちゃん、そちらから私たちのことは見えているだろうか。健介もお腹の子もとても元気だよ。健介はケンちゃんのことが大好きで、ケンちゃんみたいになりたいと言っているんだ。少し似ているところもあるかもな。最近はいい薬が出ているから、私の体調も落ち着いているよ。…沢山悩んで、ミッちゃんのこともきっと傷つけて、寂しい想いをさせてしまった。今は家族を守るために日々過ごしているよ。あの時、ケンちゃんのように出来なかったことを…。」
健介「あれ?お父さんなにしてるのー?」
宗一郎「お父さんも、紙飛行機、飛ばそうと思ってな」
健介「お父さんも!?あれ、でもその紙なんか書いてるよ?」
宗一郎「よく飛ぶようにおまじないだ」
健介「ぼ、僕の飛行機の方が飛ぶよ!」
宗一郎「じゃあ対決だな。よし、いくぞ」
健介「あ、まって!」
宗一郎「せーーーの!」
健介「それっ!」
⑰BGM"夏の日差しに"C.I
カスミ「わあ、」
健介「すっげー!!!お父さんの飛行機すっごい飛んだ!!」
カスミ「健介のもよく飛ぶじゃない」
健介「あーあ、見えなくなっちゃったよ。お父さんはすごいなぁ」
宗一郎「さ、今日はもう終いだ。家に入ろう」
健介「お父さん、作り方おしえてね!」
宗一郎「そうだな」
カスミ「ごはんにしましょうね」
健介「はーーい!」
宗一郎「(手紙)ケンちゃん、私は今幸せだ。ありがとう、ケンちゃん。 兄ちゃんより」
(終)
⑱BGM"夏の日差しに"F.O
【出典】
○知覧特攻平和会館、展示物より
○Wikipedia徴兵検査
○Wikipedia兵役逃れ
○Wikipedia日本の学校制度の変遷
○昭和20年(1945年)出来事http://kiuchi.jpn.org/nob2/s20.htm
○92歳のおばあさんの話
http://arimatunarumi.blog.fc2.com/blog-entry-1016.html
○都道府県データランキング『空襲警報』
https://uub.jp/pdr/s/kushu.html
○昭和の駄菓子屋年表
https://ramunemania.net/dagashi-showa2/
○牛頭鬼さんからのお知恵
読んでいただき、演じていただき、ありがとうございました。
アーカイブなどありましたら聴きにいきますし、感想などいただけると本当に励みになります。
ありがとうございました!
羽結乃