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最終話:フランネの選択 

 惑う心情の行きつく先は分からない。けれども、北極地に着いてしまったので、ひとまずここから先はファーブと一緒には行けない。

 私は殿下の入った鞄と背嚢を持って外へと出る。ファーブがごそごそと降りる準備をしている隙をつき、御者の目を掻い潜りながらこっそりと。


「……ごめんねファーブ」


 足早に進んで、もう馬車も見えなくなってから周囲をぐるりと見る。あたり一面が白銀の世界。冷たい空気が頬が撫でてくる。ほう、と吐く息が寒さで白い霧になる。


 ――ここが北極地。


 神が一柱が座するには相応しいほどに、この場所は綺麗だった。陽光を反射した雪と氷がきらきらと光って、まるで宝石箱の中にいるかのような錯覚を覚えそうになる。

 過去に氷床地帯なども行ったことがあるけれど、ここまで幻想的な場所は見たことがない。人や自然の力だけでは届かない神秘性がある。


「ぷはぁ」


 殿下が鞄の口の隙間から顔を出した。ファーブに見つかる心配が無くなったから出てきたようだ。


「凄い景観だな」

「神さまがここにいるんだって、本能で理解させられちゃう感じですね」

「だな。理屈でどうこう説明できる感じではないな」


 そんな会話を挟みながら、私たちはどんどん奥へと進んでいく。竜がこちらに気づくという話ではあったけれど、特定の域内に入らないと察知しない可能性もあるので、手当たり次第に歩き回る。

 雪の丘陵を超え、氷が張った川をおそるおそるに渡り、持ってきたピッケルとロープを駆使して崖を下ったりもした。


「危険なところをよく飄々と進めるものだな」

「慣れてますし」

「学者より冒険家になった方がよかったのではないか? 僻地歩きが得意なのであれば」

「こういった技術は、私にとって学問上の目的を達成する為の手段と方法の一つであって、目的そのものではないですから。まぁフィールドワークは好きなので冒険が嫌なわけでもないですが、でも、だからといって冒険家になりたいかと言われればそれは別というか」


 主目的は冒険がしたいではなく、あくまで魔法に対する知的好奇心を満たしたいという欲求だ。それが私という人間が学者として持つ原動力だ。


「……ん? なんだ? あそこが光っておらぬか?」


 殿下が木々の隙間にある一角を指した。そこには大きな岩があり、不思議なことに扉の形に光っていた。


「なんですかね」

「なぜだか……あそこに行かねばならぬという気がする」


 殿下はあそこから呼ばれているような気がするらしい。恐らくあれが狭間へと続く導だ。だから殿下が惹かれている。


「……行ってみますか」

「うむ」


 もすもすと雪を踏みしながら、扉を開けて先へと進む。中は不思議なお城だった。塵も汚れも無く鏡のように全てを反射する氷で造られたお城だ。

 そして、一番奥に到達すると、そこには巨躯の竜が座っていた。お城と同じような氷でできた体の竜は、ゆっくりと瞼を開いてこちらを見やる。


「ようこそ呪われし者よ。私は神が一柱。名はアレクシルーズ」


 ばさり、とアレクシルーズが一度羽ばたく。すると、氷の結晶が紙吹雪のようにふわりと大量に宙に舞った。


「私の感知が及ぶ範囲内に入ってからのあなた方の行動は全て見ていました。私と会う為に動いていた……そういう風に見えました。如何ような理由でこの私と会おうとしたのですか?」


 神々の楽園にでも入り込んだ雰囲気に呑まれていた私だったけれど、アレクシルーズからの問いかけにハッと我に返った。


「殿下……いえ、その、このおちびドラゴンなんですが、実は元々人間でそれが呪いでこのような姿になりまして、どうか呪いを解いて頂けないかなと」


 鞄から殿下を引っ張り出し手のひらに乗せて私は言った。呪いを受けた張本人の殿下はじっとアレクシルーズを見つめて何も言わず、びっくりし続けているみたいだけど……まぁずっと砂漠の城で強制的に引きこもりさせられていたのだ。いきなりの出来事に困惑しやすくて当然。竜化した時も大変驚いていたし。


 私は私で神を相手にするのに気遅れはあるけれど、魔法関係で驚きの発見をしたことも過去にあったし、未知との遭遇には慣れがある。驚くのも一瞬で落ち着くまでも早い。経験値の差だ。


「呪いの解除ですか。……フェラルディスクンスの香りがぷんぷん匂っていましたし、まぁそんな気はしていましたが。それもこの狭間の園へお誘いした理由の一つ」

「……フェラルディスクンス?」

「その呪いをかけた竜の名ですよ。融通が効かなくて私はとても大嫌いな竜でしてね」

「なるほど……あの……それで呪いは……」

「いいでしょう。解いてさしあげましょう」


 ホフマン教授の言った通りに、嫌がらせで解除してくれる流れだ。見た目の神秘性や静謐性からは考えられないほど人間くさい感じが漂っている。

 と、ホッとしたのも束の間。私はアレクシルーズの歪んだ価値観を突きつけられることになる。


「フェラルディスクンスはなんでも契約契約、頑なに契約遵守で、人の心の動きにてんで興味がないのですよ。だからね、馬が合わないんです。私は人の揺れ動く感情がとても好きでしてね。……特に選択の後悔と罪悪感に満ちた表情など愛しています」

「何の話をされて……」

「まずは、呪いを解かねばなりませんね」


 いきなり趣味趣向の話をされて戸惑う私を気にする様子もなく、アレクシルーズは殿下に息を吹きかける。氷の結晶交じりのその吐息に当てられた殿下の体が薄く輝きはじめる。


「ぬっ……」

「体が……」


 私が慌てて殿下を床に降ろすと、あっという間に殿下は元の姿へと戻っていった。出逢った時と全く同じ姿に。僅かに黄色がかった白い髪。ブルーベリーのような色あいの瞳。淡い褐色の肌。


 呪いが――解けた。


「元に戻ったぞ! ははっ、やった! やったぞ!」

「……良かったですね」

「ああ、全部お前のお陰だフランネ! 本当に助かった!」


 殿下は満面の笑みになると、喜びが頂点に達したことを表現するかのように私に抱き着いてきた。

 嬉しいのは分かるけど、男女なのでそういうのはやめて頂きたいけど……とはいえ、まぁ戻れる可能性はあっても保障は無かったのだから、本当に嬉しかったに違いない。


 喜びに水を差すつもりはないので、私は殿下の抱擁を甘んじて受け入れた。


「お前がいてくれて良かった! 大好きだ!」

「そうですか」

「お前ももっと嬉しそうにしたらどうなんだ? ん?」

「私が殿下の立場だったら喜ぶでしょうけど、単に一緒に来ただけですからね。当事者ではないので」


 全ては終わったのだと私も殿下も安堵していた。

 けれど、終わりではなかった。

 急に背筋に凍りつくような視線を私は感じた。


 空気が冷たいからじゃなくて、何か嫌な予感がする。殿下も似たような感覚に襲われたようで、私たち二人は揃ってアレクシルーズを見た。

 氷で出来た体のその竜は、自らの下唇をゆっくりと舐めていた。そして、言った。


「それでは見せて貰いましょうか。一人の乙女の選択を」

「え――」

「――フランネ?」


 後ろから私の名前を呼ぶ声がした。振り返るとなぜかファーブがいた。


「ファーブ……?」

「フランネ、君がどこにいったのかと思って……その隣の男の人は? そ、それにそこの大きな竜……そもそもここは一体……」


 いつの間に迷い込んで――いや違う。迷い込んだんじゃない。ここには勝手に入れない。アレクシルーズが招き入れたのだ。


「これは想定外の事態になったものだな……」

「どうして……」

「それは、アイツをここに引き入れた張本人に聞くしかあるまい。あまりよい答えは返って来なさそうではあるがな」


 ふらふらとこちらに近づいてくるファーブを横目に、私はアレクシルーズを睨みつける。


「どういうことですか?」

「……その男はあなたを探していたようですよ。『あぁフランネ、君はどこに行ったのか』と苦しそうな顔をしていました。だからお呼びしたのですよ。さぁそれでは選択の時です」


 アレクシルーズは前足をドンと床に叩きつけた。反響する衝突音が駆け巡り――殿下とファーブの足元の床にヒビが入り、続けてすぐに割れた。


「ぬおっ」

「へっ?」


 下に広がる終わりの見えない暗闇に、殿下とファーブが吸い込まれそうになる。私は慌てて右手で殿下の腕を、左手でファーブの腕を掴んだ。


「ふぐっ⁉」


 二人とも大人の男性なので普通に重い。体力にも力にも自信はあるけれど、それでもさすがに成人男性二人を片手で同時に引き上げるなんて無理だ。

 でも、だからといって手を離すこともできない。そんなことをしたら落ちてしまう。この暗闇の先に何があるのか分からないけれど、永遠の闇に彷徨うとかだったら冗談では済まない。


「……凄い顔をしておるぞフランネ」


 かなり力を入れて踏み留まっているので、私は頭に血が昇って顔は真っ赤だし歯音もガチガチ鳴っている。でも、今それを指摘している場合? 殿下は今の自分が置かれている状況を理解して。


「……」


 一方のファーブは言葉も出ないようで、私の顔を見て……それから私が左手の薬指に嵌めたままだった指輪を見た。そういえば外すのを忘れていた。でも、そんなのはどうでもいいでしょう今は。


 二人とも必死になって欲しい。自分自身の命の危機なんだから。まさか、私なら簡単に引き揚げられると思ってる? ゴリラか何かと勘違いしてる? やめてそんなことないから。この細い腕にそんなパワーはないから。


 歯を食いしばっても徐々に手に力が入らなくなってきた。いくら頑張ろうとしても、体が言うことを聞かなくなってくる。どんどん体が下がっていく。すると、アレクシルーズが笑った。


「大切を守る為に大切を捨てなければなりません。選択の時です乙女よ。どちらを選ぶのか」


 殿下とファーブのどちらかを見捨てれば、どちらかが助かる。アレクシルーズはそう言っている。確かに、一人だけならどうにか引き上げられるけど……。


「どちらかを……選ぶ……」


 殿下は悲しい過去を背負っている。ずっと一人ぼっちだった。可哀想だとも思って同情もした。一緒に生活した日々も私にとっても楽しかった。ちょっと変だけど、殿下は意外と優しくてよい人だ。


 ファーブは私の婚約者。色々とあったけれど、それは私の勘違いであったことも多くて、むしろファーブはずっと私を尊重してくれていた。素敵な指輪まで用意してくれて、一緒になろうと言ってくれた。


「私は……私は……」


 今すぐには選べない。どちらにも助かって欲しい。どちらかを選んでしまったら、私はきっと一生後悔してしまうから。そう思ってしまったら勝手に涙が溢れてきた。頬を伝った雫がぽたぽたとこぼれ落ちていく。


 すると、そんな私を見て殿下とファーブが順番に口を開いた。

 まずは殿下が、


「……あいかわらず不器用な女だ。散々迷惑をかけた俺のことなど捨ておいて、そこの婚約者とよりを戻せばよかろう。キッカケもあった。罪悪感など抱く必要はない。僅かな時間だが俺の人の姿に戻れた。数か月間だったが、お前と過ごす日々はとても満たされていた。ペンで突かれたり痛い思いもしたが、それも楽しかったぞ。長い間ずっと一人で、誰かと一緒にいる時間がこんなにも満ち足りたものだと知らなかった。……ここまでで満足だ。ありがとう」


 次はファーブが、


「フランネ……この褐色の男が一体誰なのかとかはよく分からないし、どうしてこんな状況なのかとか聞きたいことは沢山あるんだけど、でも、君が指輪を外さないでいてくれたのを見て、僕のことを嫌いでいたわけじゃないんだって分かってどうでもよくなったよ。死にたくはないけど、でも自分の命より君の方が僕は大切なんだ。……優柔不断で駄目な僕と十年以上も婚約者でいてくれて、本当にありがとう。僕のことは忘れて、新しい幸せを見つけて元気に長生きして」


 この緊急時に二人とも何をごちゃごちゃ言っているのか。いいから早く自力でなんとか上がってよ。掴めるようなところもないけど、確かに上がってくるの難しいけど、だからって諦めたみたいな顔しないでよ。


 私は泣きながら最後の力を振り絞ろうとする。次の瞬間、急に両手が軽くなった。二人が同時に私の手を振り解いていた。


「えっ……?」


 どんどん二人が暗闇の中に吸い込まれて、遠くなっていく。見えなくなっていく。


「あ……あぁ……」


 目の前の光景が信じられなくて、声にならない声が口からこぼれる。私は目をまん丸に開いたまま、弛緩してぽかんと口を開いた。起きた現実を理解したのは数秒ほど経ってからだ。


 選ばなかったから。私がどちらも選ばずにいたから、だからどちらも失ってしまった。せめてどちらか選んでいれば一人は助かったのに……私は……自分が傷つくのが嫌で後悔したくないからって……結果的に二人とも……。


「う……うぅ……ぁ」


 私は力なく床に座り込むと、嗚咽まじりに泣きじゃくる。二人を助けられる方法を思いつかなかった自分が情けなくて、みっともなくて、悲しくてどうにもならなかった。

 すると、私の両肩が同時に指先でトントンと叩かれた。私は涙を拭いながら振り返り――ぎょっとした。

 困惑した顔の殿下とファーブがいた。


「私……幻でも見ているの?」

「幻ではなく本物だが」

「その……落ちたと思ったんだけど、気がついたらフランネの後ろに立ってて」

「どうにも、最初から俺たちをどうこうするつもりがなかったようだ。そんな感じだ。そうであろう? 古の竜よ」


 殿下がアレクシルーズを見据える。私も釣られるようにして見る。アレクシルーズはケタケタと楽しそうに笑っていた。


「選択の後悔と罪悪感に満ちた表情を愛している、とは言いましたが、殺したり奪ったりするのが好きとは一言も言っておりません。というわけで、落ちたらあなたの後ろに転移するようにしていました。……それにしてもぽろぽろ泣いていましたね。『大切に一番なんて無いのぉ』みたいな感じですか? いやぁ久しぶりに愉悦に浸らせて貰いました。よきかなよきかな」


 騙された。それを理解して、私の顔はそれはもう熟れた林檎のようになった。額や首筋に大量の汗も噴き出してくる。呼吸も乱れて、私はけほけほと咳き込む。殿下とファーブが心配そうに覗き込んでくるけれど、みっともない姿を見ないでほしい……。


「面白い結果でした。まさか選ばれる側の方が、それも二人同時にむしろ選択する側に回るとは予想外です。やはり人間の感情の揺れ動きは素晴らしいですね。分かっていながら、それでも非合理的な選択をする時がある……だから私は人間という生物が愛おしくてたまりません」


 なんと歪な価値観だろうか。人の心にはそう感じられる。けれども、この竜は人ではなく神である。人の尺度で量るべきではない。そういう存在なのだ。

 人間くさい側面を持つのが神だけれども、決して人間と同じではない。それを身をもって思い知らされている。


 こうした神の在りようについては、神学や民俗学が主専攻であれば知識があるだろうけれど、あいにく私の専門は魔法。神のあれこれについては無知だ。

 だから――騙されるのは仕方がない――と私は自分自身を納得させてどうにか心を落ち着かせていく。胸に手を当て、呼吸を少しずつ整えると、段々と顔の赤みも取れてきた。


「さて、何事も引き際が肝心。こうした宴をいつまでも引きずっても興も余韻も削がれるものです。それでは、人の住まう世界へと戻してさしあげましょう」


 アレクシルーズが大きく息を吐き出すと、目の前が見えなくなるほどに雪の結晶が吹雪いた。気がつくと私は乗って来た馬車の中にいた。殿下とファーブも一緒にである。


「馬車の中……? もう僕には何がなんだか……」

「ふむ。ひとまず一件落着というところか」

「ところで、まだ聞いていなかったけど君は一体どこの誰なんだい? フランネとはどういう関係なのかな?」

「うん? 俺か? 秘密と言いたいところだが……こうして邂逅してしまった以上、もはや隠し立てもできまい。まぁなんだ、一緒に生活していた関係だな」

「は、はぁああああ⁉」


 アレクシルーズが使った力は魔法とは違っている。呪いの解除の時も、一瞬の時空間転移も、これらはいわゆる”奇跡”の類だ。

 奇跡と魔法は似ているようにも見えるけれど、明確に違う概念。魔法は一部に限られているものの扱える者がいるし、細工を施すことで素養が無い者でも効果だけを得られる道具を作ることもできる。


 でも、奇跡はそうではない。神にしか扱うことができない。決して人間が理解することができない力だ。

 だからだろうか。昔から”奇跡”に対して、私は名称だけは知っていても、調べようとか気になるといった興味を持てなかった。実際に体験した今でもそれは変わりそうにない。


 ところで、私はこれから先どうすればいいのかな。殿下とファーブの二人が生きていてくれたのはとても嬉しい。けど、一方でそのせいで色々と揉めごとが増えそうな気もする。


「ど、どういうことなんだいフランネ⁉」

「えっと……」

「言ってやれ言ってやれ。一緒に寝食を共にした仲だと」

「殿下……誤解を招く表現なのでやめて貰えませんか?」

「事実ではあろう?」

「……それは確かにそうですけど」

「ふぇああああああああ⁉」


 頭が痛くなってきた。殿下は面白がっているのだ。私がファーブとの一件を色々と考える時間とか欲しいのを分かっているから。

 意地が悪い。元の姿に戻れたから、もう私に気を使わなくてもよくなったのかな。いっそのこと殿下の手を離すべきだったのかも。


 はぁ、と私は盛大にため息をつく。すると、殿下は私の体を無理やり抱き寄せた。私はもう今日何度めかも分からないけど目を丸くして、後ろではファーブが大きく口を開けて頬を両手で抑えている。


「殿下……お遊びもいい加減に――」

「――言ったであろう。大好きだと」

「それは、呪いを解くのを手伝ったからとかそういう意味ですよね?」

「助けてくれたこと対する言葉は感謝が普通だ。好き、という言葉は感謝の意ではないな。……普通に異性として好きというのを口にしていたのが真実だ」


 殿下の瞳の奥が揺らいでいた。秘める決意のようなものが見え隠れする。――本気だ。

 私は狼狽した。

 だって、そんな雰囲気は今のいままで無かったから……冗談っぽかったし……。


「本当に本当に不器用な女だ。俺の気持ちにも気づかぬ。……暗闇に落ちる時、この気持ちにも諦めがつくと思った。良い夢を見れたと思うことにした。だが、こうして生きている。生きているならば、気持ちを抑えられようものか」


 ファーブからの想いだけでも惑うのが私なのに、加えて殿下からもそんな感情を抱かれているとなると、私の心では処理しきれない。二人とも大事だ。大事だけど、でも、それが異性としてなのかと言われると答えを今はまだ出せない。


 答えられない。答えが出せない。それこそが今の私の”答え”と言えるかもしれない。


「もうなんだっていいから、フランネから離れてくれ! 僕の婚約者だぞ!」

「”元”であろう。負け犬はおとなしく退いておれ」

「いつ”元”になったんだよ! それは僕とフランネの二人の間の認識の勘違いの問題で、僕は破棄した覚えはない!」

「ふん。それは裏を返せばすれ違う程度の想いであったということに他ならぬ。その程度の仲なのだ。フランネの少しの苛立ちや機嫌すら受け止められぬ器の小さな男だお前は。諦めるがよい。相応しくない」


 ぷしゅう、と私の頭から煙が出てきた。魔法に関すること以外の情報が多すぎる。さすがに疲れました。


「「フランネ⁉」」

「い、いかん熱があるな。風邪でも引いたか?」

「ひとまず君とは休戦だ。早く医者がいる街に行かないと。御者に伝えてくるよ」


 私はバタンと倒れていた。いつの間にか走り出していた馬車の車輪が鳴らす音が、どんどん遠くなっていく。

 久しぶりに知恵熱が出てしまった。子どものころ以来だけど、でもこれは仕方がない。学問よりも非常に難解で複雑な問題に直面してしまったのだから。


 今はとりあえずゆっくり眠らせてほしい。

 私は瞼を閉じて寝息を立てる。


 目が覚めたら全部スッキリ解決してくれていたらいいのだけど、それから私が病院の一室で起きてすぐに目にしたのは、ファーブと殿下が言い争っている姿であった。


「いいかい、フランネが起きたら最初に声をかけるのは僕の役目だし、看病をするのも僕の役目だ」

「何を言っている。俺に決まっている」


 私という女にそこまでして取りあうほどの価値は無いと思うというのはさておき、なんとなくだけど、二人ともエスカレートし過ぎて私の気持ちを無視して争ってない?

 その……意地を張って互いに引けないだけにも見えてくる。なんだか面倒くさそうなので、見なかったことにしたい。


 私は――もう一回寝ることにした。単なる現実逃避だけれども、どうか大目に見て欲しい。おやすみなさい。

最後までお読み頂きましてありがとうございました! 楽しんで頂けたのなら幸いです。ブックマークや☆応援ポイントどしどしお待ちしております!(*'ω'*)

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