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4話:呪いを解く方法の鍵は伯爵家

 まず、私の言葉が虚言ではないことを伝える。コホン、と軽く咳払いをして、真剣な面持ちで私は口を開く。


「ウソではありません。ウソを言っても私に何の得もありません。変人と揶揄されるのは全然構いませんが、虚言壁があると思われてしまえば、界隈での居場所がなくなります。誰も私の論文を見ようともしなくなるでしょう。それは学問の徒として死を意味します」


「互いに学問に殉じる者であればこそ、ウソだとは思わんさ。ただ、にわかには信じがたいだけだ。古代の頃に幾つか例があったとは言われるが、現代じゃそんな呪い受ける機会もない。その呪いは数多い神々の中の何柱かを占める竜の一部が人間にかけるとされているものだ。だが、いつからか神との接触そのものが禁忌とされ、世界中で近づかないという条約が出来た」


「条約……」

「魔法専攻じゃ予備知識は役に立つ方向性が自然科学や産業だろうから、この手の条約を知らなくても無理はないが、呪いは史学や政治が入る。介入革命などの要人暗殺等で使われる時があるからな。それで、呪いをかけられたヤツは禁忌とされる神と接触して何をやった?」


「えーと、本人がというか……周りがというか……そもそも現代の話では無いと言いますか……」

「うん? なんだその言い方は。よく分からんぞ」


 どこまで話して良いものだろうかと悩み、私は言い淀んだ。提出した論文でも私は殿下の存在には触れておらず、全てあくまで魔法についてのみの記述で纏めていた。

 そうした理由は、一国の歴史や呪いが専門外だからというのもあるけど……記せば殿下の存在が判明して変な話題になるかもしれなくて、そういうのがあんまり好きくないのも大きい。面倒ごとは避けたい。


 そんな感じで私がもごもごしていると、ホフマン教授はため息を吐きながら頭を掻いた。


「……結論から言えば、竜化の呪いを解く方法自体はある。試したことがないから本当かは分からんがな。ただ、経緯を知らねばどの神に(・・・・)頼めば良いのかが分からん」

「神に……頼む?」


「神と呼ばれる竜は複数いる。だから一柱ではなく一部と俺は言った。で、それらは互いに仲が良かったり悪かったりする。それを利用するんだ。呪いをかけた竜と一番相性の悪い竜に頼むことで解除してくれると言われていてな。竜同志の嫌がらせだ。『お前の呪いは無駄だったな』とな。そして、一方で呪いをかけた張本人の竜と会うのは危険だ。自分のかけた呪いを解こうなんては思わない。むしろ余計な呪いを追加される可能性が高い。だからこそ知る必要がある」


「…そういうことですか」

「そうだ。だが、条約で神への接触は禁止されている。情報も封鎖秘匿され、神の種類、会える場所も普通は知ることが出来ない。……呪い専攻の学者の中でもごく一部は例外的に知識としてだけは知っているがな。俺とかな。ま、万が一の時の対策の為というヤツだな。知識だけに留めて実際に会いに行くのは禁止されているが、そこは悪用厳禁の意味もあるだろうがな」


 ホフマン教授は私の問いに答えられる情報を持っている。ただ、正しく答える為に経緯を知る必要がある、と言っている。

 理屈は分かるけど、それでも教えるのに抵抗はある。でも、悩み過ぎているうちにホフマン教授の気分が変わって『やっぱり教えるのはやめだ』なんて言われたら、また他の人を当たらないといけなくなる。


 他の呪い学者が同じ情報を知っている立場とは限らない。そうなると、次の人を探すのが億劫なのも確か。殿下の性格を考えると、『それぐらい教えてやればよかったであろうに』と落胆しそうでもある。二か月も一緒にいて人となりも見えてきたので、そんな性格なのも把握できている。


「恐縮なのですが……他言は無用とお願いできますか?」

「今日フランネ博士と喋ったことは全部忘れるさ。というか、俺の方が不安だよ。フランネ博士から聞いた話に俺が答えたとして、それは黙っててくれよ?」

「私も誰にも言いません。ありがとうございます」


 もしも私がホフマン教授から情報を提供されたことを学術学会かお役人にリークすれば、教授自身が面倒なことになる。

 だから、私が話すことを黙っている代わりに、ホフマン教授も自分が話すことを黙っていて欲しいというわけだ。


 お互いに楔が打たれると知って私は安心した。ホッと胸を撫でおろして殿下の話をはじめる。全てを聞いたホフマン教授は顎を一撫ですると、


「……『砂漠の海の国』にそんな成り立ちがあって呪いを受けたヤツもいた、というわけか」

「はい」

「知らなかったな。まぁ近づこうと思わなかったせいでもあるが。色々と噂が多いものだから、行って俺の手に負えなかったら嫌だなとか考えてな」

「私はその……興味が畏怖とか恐怖を超えてしまっただけでして」

「知的好奇心が他の何よりも勝る。いい心構えだ。学者にとって一番大事なものであり、少なくとも俺よりもフランネ博士のほうがそれは上なわけだな」


「そうした言い方は学問の徒にとって最高の賛辞ですね。素直にお受け取りします。……それで答えを聞きたいのですが」

「……話を聞くにおおよそ呪いをかけた竜は分かった。それと仲が悪いのと言うと、氷雪竜と呼ばれる竜だな。名はアレクシルーズ。北極地の次元の狭間に住む、と言われている神の一柱だ。次元の狭間は歩いていけるようなものではなく、本来は北極地に着いてから会うのに色々と準備が必要だが……ま、今回のケースならそういうのは必要ないだろうな」


「必要ない……それは一体どうして……」

「呪いをかけられたドラゴン連れて行けばいい。行けば向こうが気づいて招いてくれるさ。何せ嫌いなヤツがかけた呪いで産まれたドラゴンだからな。そこらへん敏感なハズだ」

「あ、なるほど」


 神ともなればそれぐらい気づけて当然、という感じのようだ。殿下の話で聞いた古竜も、贄に捧げられるハズの殿下が隠されていることにすぐ気づいたらしいし、要するに何かしらの感知能力を持っている。

 特殊な魔法の類かな? それとも奇跡? もしも魔法ならぜひとも――ああいや違う違う。今それは関係無いのであって。


「ともあれ、そこに行けば呪いが解除出来るわけですね」

「そういうことになるが、ただ、会うのは容易でも辿りつくまでが厳しいかもしれん。北極地は貴族領だ。立ち入りには許可が必要だぞ」

「むむ」

「確かヴァーマル伯爵家領だったかな」

「ヴァーマル……?」


 ヴァーマル伯爵家、と聞いて私の耳がぴくりと動く。その姓はよく知っていた。


「……もしかして、その伯爵家の嫡男はファーブとか言いません?」

「そんな名前だったような気もするな。なんだ知り合いか?」

「す、少し色々とございまして」


 まさかここでファーブの家が出てくるとは……。厄介なことになってきた。


「まぁ詳しくも聞かんが、とにかく俺の知っていることは伝えた。どうするかは自分で決めるんだな」

「ありがとうございました」

「……俺たちは何も会話をしていない。ちょっと会って別れただけだ。礼を言われる筋合いはない」

「そう……でしたね。では、失礼いたします」


 私が頭を抱えながらよろよろと歩き出すと、ホフマン教授が軽く手を振った。

 諸々の都合上、私はホフマン教授と会ったけれど何も会話をしなかった、という風に裏で話を合わせる。お互いが墓場まで持っていく秘密だ。


 それにしてもファーブの家……。


 私は浮かない顔でしばらくの待ちぼうけをした後、査読が終わり滞りなく論文が受理されたことを確認してから自宅へと帰った。


☆☆☆☆☆


「ただいま帰りましたよ」

「おお! 戻ってきたかフランネよ! どうであった?」

「とても有益な情報を聞けました。竜化の呪いを解除できる……かも?」

「でかした! 詳しく話してくれ!」


 殿下は喜び勇んでパタパタと飛びまわり、棚からジュースを持ってきてちうちうと飲みながらどかっと机の上に座った。


「北極地に神の一柱の竜がいるそうです。その竜は殿下に呪いをかけた竜とは別で、なおかつ仲が悪いらしく、嫌がらせで解除してくれるそうで」

「い、嫌がらせとな」

「嫌いな竜がかけた呪いを解くことで、『ざまぁみろ』ということかと」

「そんな理由で……神も人間とそう変わらんようだな。いや、俺としては非常に助かるのだが」

「そうですね。ただ、行くまでが問題で、北極地はある貴族の領地です。許可が無いと入れないですね」


「ふむ。その領地を持つ貴族はどんなヤツだ?」

「どんなヤツと言うか……その……度々ですが私の”元”婚約者が来ますよね?」

「半ばストーカー化してるアイツか?」

「はい。それで、そんな彼の実家がまさにそこの領土を持っているという」

「そ、そうか……それは……困ったな」


 殿下も私のアンニュイな雰囲気を感じ取ったらしく、すぅっと視線を逸らした。


 ファーブはなぜか未だに私の家にくる。完全に決別したし、もう終わった関係のハズだし、だからこちらも居留守を使っているというのに諦めずに訪ねてくる。

 もしかして、最後の私との会話に気に入らないところでもあって、仕返しをしたいとか考えている?


 真実は分からないけれど、でも、普通は思うところがあっても居留守連発されたら諦めるものではないかと思うんだけど。


「なんというかその、フランネよ、お前も中々に人の気持ちに疎いところがあるな」

「他者の気持ちを汲むのが苦手なので、疎いのは否定しませんけど……」

「前を向いたら向きっぱなしで、そんな自分を反省しては落ち込んで、見せる優しさも恩着せがましくせぬものだからすぐ忘れられて、なんとも不器用な女だ」

「そうやって欠点を指摘されると傷つくのですが?」

「傷つく必要はない。俺は欠点ではなく美点として褒めているのだ。器用に立ち回ったり計算してドジっ娘を演じるような女よりずっとよいぞ。……俺はお前が好きだぞ」


 好きだぞ、と不意打ちのように言われて思わず照れて私の頬が上気する。他意は無いのだろうけれども、突然言われてびっくりした。


「ん? どうした?」

「な、なんですか急に。そんなぷにぷにしたお腹でカッコつけて」


 私は照れた自分を隠すために、羽ペンでどつどつ殿下のお腹を突ついた。ドラゴンとなった殿下のお腹はぷにっとした見た目通りに柔らかい。


「い、痛い痛い、先端で突くな!」

「変なこと言うから駄目なんですよ~」

「言ってないぞ!」

「言いました!」


 殿下のお陰で不思議と陰鬱な気持ちが晴れた。少しばかり不安はあるけれど、それでも、殿下の為にファーブと話をしてみようと思えた。

 ありがとう殿下――って、そういえば元々は殿下の呪いを解く為の話なのだから、ちょっと今の私の感情はおかしい。感謝の気持ちを持つべきは私ではなく殿下の方だと思う。


「やめて、跡、跡がついちゃう!」

「ところで殿下、私に何か言うことありませんか?」

「え?」

「殿下の為に貴重な時間を消費して、これからも使うのですよ私は。ファーブに話を通して北極地へも向かうのですから」

「そ、そうだな……ありがとう」


 ん、よし。


☆☆☆☆☆


 さて、ファーブと会うことにした私は、彼の家へ向かうことにした。訪れてくるのを待っていても良いけれど、一度決めたら自分から動くのが私だ。待ちの姿勢は好きくない。

 というわけで翌昼。殿下にお留守番を申しつけて私はファーブの家までやってきた。


「……あいかわらず大きい家だなぁ」


 久しぶりに来たけれど、思わずそんな呟きが出てしまうくらいファーブの家は広大だ。本人の性格はあんなだけれども、それでも立派な伯爵家の嫡男なのである。

 私は門扉脇にある小部屋の警備員のおじさんに話しかけ、ファーブを呼び出して貰うように伝えた。


「すみません」

「おや、これはこれはフランネさま。本日はいかような御用で?」

「ファーブが在宅なら呼んで欲しいのですが」

「いますよ。います。公務が無い日はフランネさまのところへ行くか、部屋にいるかのどちらかですからね。今日明日は休日のようですから。今日は夕方にフランネさまのところへ行くと言っていたのですが、いやはやまさか逆にフランネさまの方からくるとは」


 余暇に他に何かやることないのかな。いや、私へのストーキングという嫌がらせが趣味になったのかもしれない。

 恨まれるような振る舞いをした覚えはないんだけどなぁ。


 北極地への立ち入り許可のお願いをすんなりと聞いてくれるかな……どうかな。まぁ、考えすぎるよりも、まず聞いてみないことには何事もね。学問もそうだけれど、可能性を自ら閉ざすのは愚かな思考だ。


「とにかくお願いします」

「えぇはい、少々お待ちくださいませ」


 待つこと数分。慌てた様子でファーブが走ってやってくる。今のいままで寝ていたのか、ぼさぼさの寝ぐせがついたままの姿だった。

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