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2話:過去と竜化

 青年は自身のことを王太子と呼び、そしてここを『砂漠の海の国』と言った。噂でしか聞くことがない存在が実在していたその事実に私は高揚し、学者だからこそ驚愕はあっという間に強い好奇心へと一転した。


「ここが……『砂漠の海の国』で間違いないんですね? そしてあなたは王太子殿下だと?」

「いかにも」

「……私って運がいいなぁ」

「は?」

「色々と調査したくてここまで来たんですけど、上の砂漠を何週間も歩いていたのに『砂漠の海の国』も王太子殿下も全然見つからなくて、もう無理かなと思って帰ろうとしたらここに落ちて来ちゃって……まさか下にあるとは盲点でした」

「ちょ、調査? うん?」


 ふんふんと鼻息を荒くする私に王太子殿下――呼称を短くする為にここから先は単に殿下とだけ呼ぼう――は若干引き気味だ。でも、私はそんなこともお構いなしに質問をする。


「まず、この砂漠には呪いがかけられているという話があるんですけど、それって本当なんでしょうか? ここに来るまでにも砂漠の砂を見ましたけど、どれも魔法で作られた普通の砂でした」

「……砂漠自体には呪いなど何もかかっていない。単にお前の言うように魔法……まぁ厳密には少し違うな。魔法に類似する力によって行使された魔法によって砂漠にさせられた、という感じだな」

「魔法に類似する力で行使された魔法……? させられた……?」

「そうだ」

「殿下が発生させたのではないのですか? 魔法で」

「俺に原因があると言えばあるが、正しくは俺ではない」


 伝承は伝承でしかなく、実際は違うということかな。実際と噂が違うのはよくある話だ。ただ、原因が自分だけど自分ではない、というのがイマイチ分からない。理解が及ばず私が首を傾げていると、殿下は袖をめくった。殿下の腕には鱗があった。


「それは……?」

「これは竜化の呪いの証だ。俺は呪われている。砂漠ではなく俺自身が呪われている。そして、これこそが砂漠が発生した原因だな」


 色々と複雑な理由や背景がありそうだ。


「詳しくお聞きしても?」

「……まぁいいだろう。退屈しておったからな」


 随分と長い間一人であったそうで、王太子は暇を持て余していたらしい。特に嫌がる素振りも見せずこんこんと昔話をはじめた。


★★★★★


 ――もうどれくらい前かも分からない昔。緑と水に満ちた誰もがうらやむ楽土があった。行き交う人々の顔には笑顔が満ち、絶えず聞こえる音色は涼やかな鳥の囀りが響く園だった。


 連綿と続く楽土の平和と豊穣を支えたのは、連綿と続くこの地を統べる王族だ。王族は不思議な力を多く扱え、手を払えば枯れた山に木々が生え一昼夜で森へと変えた。歩けば踏みしめた地は立派な道へと変わった。病人に触れるだけでいかような病も消し去った。


 最初は小さな国だった。けれど、これらの話を見聞きしたものたちが徐々に集まり、『この世の楽園ここにあり』と次第に大きくなった。

 なんと素晴らしい王だろうか。なんと実り豊かな国であろうか。そうして、世界でも類を見ないほど平和と豊穣がこの土地を埋め尽くした。世界三大国の一つにも数えられた。


 けれども、繁栄が永久に続くことは無かった。

 平和と豊穣を守り続けた王族が持つ不思議な力には、とある秘密があった。


 ――竜との契約。


 王族は神の一柱に数えられる一匹の古竜と契約し、その力を代替行使していた。様々な奇跡を起こすことが出来る力だった。奇跡の他にも魔法なども付随して使えた。

 これは血によって受け継がれたものの、通常の魔法使いなどが持つ才能や素養の類ではなく、あくまで”代替行使の権利”の複製委譲。それゆえに、契約で取り決めた代価を支払い続ける義務を負っていた。一族はみな例外なく。


 代価とは何か? それは――五年に一度、一歳未満の赤子を全て贄として差し出すというものであった。古竜がどこからともなく現れその腹に赤子を収めていくのだ。

 これは避けようのない代価。贄の周期を基に出産を調整して時期に贄が存在しないようにもできなくはないけれど、そんなことをすれば古竜の怒りを買うので、むしろ無理にでも産ませる有様であった。


 これは国が国である為、集い栄華を享受する民の為、必要な犠牲と王族は割り切っていた。しかし、ある時に拒否する者が出る。


『――愛しい我が子をどうして差し出せましょうか。嫌です』


 涙ながらにそう告げたのは、王妃であった。体が弱く数年前に死産も経験していた経緯もある王妃は、ようやく産声をあげた我が子をかくも大切に抱きしめていた。

 しかし、例外は認められない。王妃の子であっても。それゆえに皆が説得を試みた。国の為だと。民の為だと。三日三晩かわるがわるに王妃の心変わりを促した。


 けれども王妃の決意は固く、誰の話にも耳を貸さなかった。結果的に周囲が折れる形になり、関わる者たちは全員が王太子殿下の秘匿を行うことになる。

 考えうる対処は全て行った。殿下にも継承された代替行使の権利から辿られる恐れもあったので、それらも知恵を絞り誤魔化すように動いた。けれど……そこまでしても駄目であった。


 贄を差し出す日。やってきた古竜に赤子たちを渡し、最後の子を手放した時だ。これで全てだと王が伝えると古竜がその金色の眼を細める。


『一匹……足りぬようだが?』


 あらゆる手を使ってなお、容易に、一瞬のうちに、全てを見抜かれてしまった。神が一柱の目を欺くことは出来なかったのだ。

 古竜はこの世の果てまで響く咆哮をあげ、怒りをあらわにした。


『契りを破ったのだな? よかろう。それでは、与えた力を返して貰おうではないか。無論それだけでは済まされない。契約違反には罰が必要だ。よかろう。生きることに耐えがたきに悶える罰――”呪い”を貴様らが後生大事に隠した赤子に与えてやろう! 我が力を持ってして形と成した成果のあらゆる全てを、赤子の呪いが破滅させ、終わりの見えぬ贖罪を成しえ許される時に赤子は竜へと至る! 人の心を持ちながらに人ではなくなる咎を背負え!』

『そ、それはあまりに……我々はただ……赤子を一人お見逃し頂きたいだけで……』

『いかような弁明を並べ立てようと、一度違えばそれだけが事実であり真実!』


 天には暗雲が立ち込め、次の瞬間に雷が宮殿に落ちた。そして、奔る神の怒りは揺りかごで眠る殿下の体に呪いを刻み込んだ。

 これが終わりの始まりだった。殿下に与えられた呪いは勝手に奇跡や魔法を発動して周囲を巻き込み、少しずつ、そう少しずつ病のように全てを蝕んでいった。


 年月を経るごとに山の木々は枯れ、踏み固めた道はひび割れ、餓死者が増え始めた。疫病も流行り始めた。

 あらゆる陰惨な現象が王太子の成長に呼応するかのようにこの国を衰退へと導き、いつしか豊穣なこの地は砂漠へと変わった。王族は成す術もなくこの陰惨な光景を眺めた。古竜の怒りに触れたことにより、代替行使の権利も失われ、この現状を打開する力をもう何一つとして持たないからだ。


 壊れていく国と惑う民を前にして、我が子を慈しむ感情との葛藤の末に、王妃は責任を感じて首を吊った。他の王族は民に優先して食事を与えたり、遠くの地への移住を手伝った後に、ガリガリにやせ細り餓死した。


 国が完全に滅ぶと、呪いによる無自覚な奇跡や魔法が停止した。残ったのは、その身に鱗が顕現し青年となってから全く歳を取らず、死ぬこともできないほど頑丈な体を得た殿下ただ一人だ。

 唯一の生き残りとなった殿下はこの地から出られずにいる。いつか許されその身が完全な竜と化すまでは出られないのだ。出ようとしても必ずこの宮殿に戻ってくるようになっていた。


 いっそのこと早く竜になれば楽になれるのだろうか。いつなれるのか。まだなのか。いつしか殿下はそう考えるようになったけれど、一向に竜になる気配はなかった。

 すぐに楽にはしてやらない、と言われているかのようだった。苦しめ、と言われているかのようだった。


 そうして、砂漠に囚われた王太子殿下は今なお生き続けている。いつか許されるその日まで。


★★★★★


「……と、いうわけだ」


 殿下が語った壮大な過去は、広陵な砂漠と共に埋もれいつしか人々の記憶からも忘れられた、かつての超大国の話だった。

 あまりに壮大で、そして叙事詩的でもあるけれど、殿下の腕に残る鱗が全てが真実であることを示してくれている。


「そんな過去が……」

「まぁ、俺の呪いが大規模な奇跡や魔法を引き起こし、その一つにこの地を砂漠へと変えるものもあったわけだ」


 私はなんと言えばよいのか言葉が出てこなかった。

 自分が望んだわけでもない呪いの力で全てが壊れていくのを見届け、その後も数百年ずっとこの宮殿から出ることも出来ず、ただ生きるだけの日々は、私には想像もつかない苦しみだ。


 理解の及ばない苦痛を前に、私は『かわいそう』なんて感想を抱くけれど、同時にそんな風にしか思えない自分がとても冷たい女のようにも思えてくる。興味優先で聞いてしまったことが、急にすごく恥ずかしくもなった。

 唯一の救いは、長い時を経て心の整理をつけたのか、殿下が意外とあっけらかんとしていたことくらい。


「そんな重そうな雰囲気を出すでない」

「……そう言われましても」

「もう数百年も前の話。幾瀬幾年も砂漠におればこそ、水が枯れるように涙も枯れる。もう全ては過去の話だ。……決して自分の成り立ちを同列にするわけではないが、神話や寓話でも似たような話は探せば見つかろう。それらを読む度にそんな顔をしていては、生きてはいけぬぞ? 『へぇ』ぐらいに思っておけばよいのだ。こういう話は適当に流して器用に生きた方が人生楽だぞ」


 殿下に逆に気を使わせてしまった。本当であれば、話を聞いてしまった私の方が気を使わなくてはいけないのに。

 きっと、こんなだから私は人間関係をうまくこなせないのだ。相手の気持ちを考えるのが遅いのだ。ファーブが嫌がって愛想をつかすのも当たり前。いくら慣れているからといって平気でゲテモノ料理を食べたりすれば、それを見たファーブがどう思うかなんて、一呼吸置いて考えれば分かることなのに……。


 歳ばかり取って中身は単なる子ども。それが自分だからと気にしないようにしようとしても、今のようにふとした折に突きつけられて嫌になる。

 私はぎゅっと下唇を噛む。すると、殿下が困ったように笑った。


「……ありがとう。聞いてくれて」

「え……?」

「言ったであろう。随分と久しぶりに人と会話すると。時折にここに迷い込む者はいる。皆が俺を見て『あぁ助かった』と言う。だが、この鱗を見てすぐに逃げ出すからな。『これは呪われた王の末裔』だと喚きながら。……話をきちんと聞いてくれたのはお前が初めてだ」


 殿下は嬉しそうで、虚を突かれた私は言葉が出てこなかった。お礼を言われるなんて思ってもみなかったのだ。


「ずっと誰かに話したかった。なんだか、すっきりした気がする。不思議な気分だ。ようやく全てを許されたような――」


 その時――『どくん』と殿下の心臓が鳴った。私にも聞こえるくらいにハッキリと。殿下は苦しそうに胸を抑えて膝をついた。

 一体なにが起きたのか。分からない。とにかく私は慌てて殿下に近寄る。


「だ、大丈夫ですか?」

「……熱い。体の内側から焼かれているかのようだ。……う、うぅ」


 殿下の背中に触れると凄く熱くて火傷しそうなほどで、まるで熱した鉄板のようだった。


「熱っ……」


 私が反射的に手を引っ込めると、殿下の体から湯気が立ち上りみるみるうちに縮んでいく。そして――殿下はやがて、小さく幼い手乗りサイズの砂色のドラゴンになった。

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