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1話:砂漠の海の王太子殿下

全6話です。ぜひとも最後までお読み頂ければ嬉しいです。

 よそ者が入ることを拒むかのように、触れられることを嫌がるかのように、南西の僻地に砂漠地帯がある。

 近づくだけで呪われる、とも言われて誰も近づかないので詳細が分からない場所だ。遠目に眺めて去る人たちがほとんど。


 その場所には、どこから伝わって来たのか分からないけれど、国があるという話があった。そして、一面に広がるその砂漠を産み出したのはその国の王太子である、とも言われていた。


「あのような場所に行かれても何もありませんでしょう」

「何かあるのかないのか、それは行ってみないことには分かりません」

「呪われるかも知れませんぞ、フランネ殿」

「それも行ってみないことには分かりません」

「大人しく依頼をこなしてくれませんかね?」

「しょーもない依頼ばかりじゃないですか。今回のも何日も前に終わっていますよ。はいこれ報告書です」

「よかったよかった。では受領書をここに置いておきますので。まぁ……『砂漠の海の国』へどうしても行きたいと言うのならば止めはしませんよ。依頼の報告書も受け取りましたので」


 私は魔法の調査を専門とする学者だ。だからこそ、『砂漠の海の国』等と呼ばれるその国については前からとても気になっていた。魔法が関係しているかも知れないから。

 ただ、時間が無くて今まで後回しになっていた。役人からの依頼や、婚約者との付き合いのあれこれなど多忙で、余裕が無かったのだ。


 しかしながら、最近になって時間が出来た。


 私自身の言動(主に世間一般とズレてしまった常識や、一言多い性格)が積み重なり、役人と婚約者から一定の距離を置かれるようになった。役人からはどうでも良いすぐに片付く依頼ばかり回されるようになったし、もう私も29歳と30歳目前と後がないのだけれども、そんな状況で婚約者からは婚約破棄を言い渡された。


(自覚はあるから日頃から反省はしているんだけどなぁ……)


 悩んで反省しても現実も性格も簡単には変わらないので、きっと諦めたほうが楽だ。いっそのこと割り切ったほうが心の負担にもならない。

 まぁともかく。

 こういう経緯がございまして、だいぶ時間が余るようになった私は、かねてより気になっていた『砂漠の海の国』へ調査に行くことに決めたのだ。


 調査に使う道具なんかをいそいそと鞄に詰め込み背負い、長い髪を三つ編みに縛ってからヘルメットを被る。そして、しょーもない依頼を持って来ていた役人の「なに考えてるか分からない人だなぁホントに。どうなっても知りませんよ」みたいな視線を背中に受けながら、私は出発した。


☆☆☆☆☆


 相乗り馬車を駆使して一週間、そこから歩いて十日ほどで砂漠の海には着いた。聞いていた通りに見渡す限りに広大な砂漠。人間の気配がまるでないけれど、それはやはり近づくと呪われるという話のせい?


「……むぅ」


 私は鞄から虫眼鏡を取り出して足元の砂をじっと見つめた。この虫眼鏡にはある細工が施されており、魔法の軌跡や痕跡を辿ることが出来る。

 この砂漠の砂は――魔法によるものだった。魔法で砂だけ作って砂漠にしただけのような感じ。とりあえず呪いは無さそう。まぁ呪いは専門外なので絶対と言える有無の判断はできないけども。


「魔法で出来た砂漠なのは分かったけど……国はあるのかな? まぁまだ端っこというか入り口というか、そのあたりだからね。もっと歩き回ってみないことにはね」


 砂に呪いだとか病だとかを誘発する危険はなさそうでも、随分と細かい砂で吸い込むと呼吸器が荒れるかもなので、念のためにスカーフをマスク代わりにして口元を隠した。


 こういう時は魔法を使って楽に対処ができれば一番なんだけど……あいにく私は魔法が使えない身でもある。まぁ世の中魔法が使えない人の方が多いのでそう珍しくもないし、それに使えないからこそ興味を持って学者にまでなったのだけどもね。


 私は改めて砂漠を見渡す。単に砂を作るだけだとしても、それでこの規模の砂漠を作り出しているのは凄いなと思った。

 行使した人はよほどの才能を持って……いや、個人の才能でどうにかなる規模でもない。複数人で成したか、あるいは人間の限界を超えられる手段を持っているのかな?


「色々と興味が尽きないなぁ」


 些かの高揚を覚えながら、私は砂漠を踏みしめながら先へと進む。体力には自信があるほうだ。ただ、歩けど歩けど見渡す限りの広陵な砂ばかりの景色だと、肉体的な疲労以上に精神的にくる。


 砂漠の海、とは中々に言いえて妙だ。

 長い船旅をしたことがあるけれど、船の上から見える水平線に終わりがなかったのを覚えている。この砂漠もどこまで続く砂が地平線と交わっていて、景観の色合いは違うけれども感覚が凄く似ているのだ。

 船上では海が反射する太陽の光が熱を空気に籠らせてくれたけど、ここでは砂が照り返した熱が頬を上気させにくる。


「……そういえば」


 ざくざく歩きながら、ふと私が心配になって来たのは食事だ。水分は魔法細工の水筒があって少し待てば中身が満たされるので心配はないけれど、ただ、食べ物については自動生成されるような便利なものは持っていないのだ。

 厳密にはフルーツが常時成るような小さな苗木とかあるんだけれど……そういうのはお金が無くて買えない。家一軒ぐらいの値段がするこの水筒が霞むほどの高級品だ。


 まぁ、適当な生き物でも捕まえて食べればいいかな。ゲテモノは慣れている。学者にも各々研究のやり方があるけれど、私は特にフィールドワークが好きで、今まで色々なところへ行った。その時その時の現地で必要に駆られて普通は考えられないものも食べてきたのだ。


 芋虫、昆虫、爬虫類、謎の植物etc。


 お腹を壊して、おおよそ淑女とは思えない「お゛お゛お゛お゛お゛」とかいう声をあげながら、ジャングルの中で三日三晩寝込んだこともあったな……。

 あの時は原住民の人たちに薬を分けて貰って、それでどうにかなった。今になって思うと幸運に恵まれていたのがよく分かる。あのまま死んでいてもおかしくなかったからね……。


「まぁお陰で色々と経験と雑学も蓄積出来たし、結果おーらいだけどね」


 無人島でも一人で生きていける自信があるけれど、ただ、あらゆることに抵抗感が薄くなった一方で、女として大切な何かを同時に失ったような気もする。

 実際に婚約者――ファーブも言っていた。レストランで一緒に食事をしていた時、珍味として出されたゲテモノ料理を平気で食べる私を見て「そんなものを平気でパクパク食べる君はもう女性とは呼べないよ。……気持ち悪い」と。それは事実上の婚約破棄の言葉だった。


☆☆☆☆☆


 ぐるぐると砂漠を歩き回って、おおよそ二週間が経過する。すむすむ、すむすむと砂を踏みしめる自分の足音がどこか遠くに聞こえてくる。

 水分補給はきちんとしているし、持ってきた食べ物が尽きてからは、何とは言わないけど食べられそうなものを捕まえて食べているけれど……さすがにそろそろキツいかな?

 幻聴や幻覚が聞こえてはこないのでまだ大丈夫だとは思うけど、経験則的に、こういう時の大丈夫は大惨事になることが多い。


「……まだ見つけてないんだけどな、『砂漠の海の国』」


 一番に調査したい目玉を見つけられていないものの、引き際というものを間違えてはいけない。精神面は体力や気力に影響するので楽観も大事ではあるけれど、それも過ぎればただの無謀だ。


 今回のケースなら……どこかで不注意を起こして怪我でもして、身動きが取れなくなる未来が想像できる。

 ちょっとしたミスというのは、起こしたくて起きるものではなく、自分では気づきにくい僅かな注意力の低下などが原因だ。まだ大丈夫と自分では思っていても、実際に体は考えている以上に疲労を溜めている。

 だから、切り上げるタイミングはしっかり見極めることが大切。


 まぁその……万が一の場合に誰か見つけてくれる可能性が高いなら、もう少し粘るのもやぶさかではないけれど、でも、ここはもとより呪われた砂漠とか言われている場所である。偶然通行人が見つけてくれる可能性は限りなくゼロ。つまり死ぬ。


「行き倒れミイラにはなりたくないからね」


 私はまだ29歳だ。これから先にきっと明るい未来が待って……はなさそうだけれども、それでも死ぬにはまだ早い年齢である。

 その時だった。ずぼり、と私の足が砂に埋まった。


「あ、あにゃ?」


 わずかな空洞を砂が覆い隠していたようで、ずむずむと私の体は砂の下へと入っていく。周辺は砂ばかりで掴まるところもない。

 こうなっては這い出すこともできない。私そのままずるるるっと砂の下へ下へと全身が呑み込まれていった。


 これはさすがに不注意がどうこうな話ではない。自然が作り出したトラップは予想をするのも難しい。事前準備的に地元民のような人から話を聞いて予め対策は立てておくべきではあったけれど、何せこの砂漠のことを詳しく知っている人がそもそも不在なわけで。


 今回のようなフィールドワークにおいては突発的なアクシデントはつきものだ。むしろ二週間一度も変な事態に遭遇しなかったのが幸運。

 でも……これ……もしかして死ぬ? フランネ・アイミル。まさかの享年29歳。ちーん――いやいやまだ死にたくはないのですが。


 私の半分冗談まじりの哀愁漂う願いが通じたのか、十数秒も経つと砂から抜け出し、どてんと尻もちをついた。


「みぎゃ……いたひ……」


 生きていることに感謝しつつ、痛みがはしるお尻を半泣きで撫でる。じーんとくる痛みだ。アザとか出来てないといいんだけど。

 まぁそれはともかく。

 ここはどこだろうか、ときょろきょろと周囲を確認する。切り出した石で出来た柱がいくつも立っている。宮殿か神殿のような場所だ。


「砂漠の下にこんなところがあるなんて……まさか……ここが『砂漠の海の国』?」


 ぽつり、と私の口から出てきた感想はそれだった。ただ、国というにはあまりに殺風景である。人が一人もいない。

 廃墟、とでも言えばよいのだろうか。

 時たまに天井からさらさらと零れ落ちてくる砂の音と、どこかの隙間から漏れて差し込んでいる僅かな光。それ以外は何もない。静寂と張り詰めた空気がこの場を支配している。


「――そこの者。何用だ」


 突然後ろから話しかけられた。低く、重く、とても落ち着いた男性の声だ。びくっとして私が慌てて振り返ると、そこには青年が一人立っていた。

 通った鼻梁。繊細に整った輪郭。淡褐色の肌。僅かに黄色がかったような白の髪。爽やかさを感じさせるブルーベリーのような色あいの瞳。

 美形、という括りを超えてまるで芸術品のようだった。今まで私はこれほど整った人間を見たことがなく、思わず息を呑んだ。


「聞こえなかったか? いや待て……俺も人と話すの久しぶりだからな。もしかして、俺の知らぬうちに言語が変わりでもしていたか? 通じておるかー?」

「えっと……はい。ちゃんと聞き取れています……けど」

「そうか。であれば良かった。……さて」


 青年はコツコツと靴音を響かせながら奥へと進むと、寂しげに佇んでいた玉座にゆっくりと腰かけた。


「……人はここをこう呼ぶらしいな。『砂漠の海の国』と。ま、名称はどうでもよいか。俺はここの”王太子”だ。今となっては語る意味もない肩書だがな。俺以外に誰もおらぬ。使用人も、家臣も、そして――この玉座にいつも座していた王たる父上も。……改めて問おう。何用だ乙女よ」

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