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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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4

 

 私は調味料の横に重ねて置いてある小皿を二つとり、お酢を入れて胡椒をふりかけた。



「こんなもんでいい?」


「うん、こんな感じだったよ」



 お酢に胡椒とはまた斬新な組み合わせだ。お酢と言えば、当たり前だが酸っぱいものだ。それに胡椒って全く想像出来ない。保守派の私としては、小皿に浮かぶ黒い粒をただ見つめる事しか出来なかった。



「美味しいっ! 餃子の味がより一層広がる感じ」



 彼女は変化を楽しむ事が出来る性格だ。好奇心旺盛というか、良い意味で私とは正反対だ。私などは、お酢ってむせたりするイメージがあり、まず頭で考えてしまう。たっぷり付けるべきなのか、はたまた、餃子の端の方に申し訳程度に付けて探った方がいいんじゃないかとか。そんな事を考えている横で、いきなり餃子を胡椒酢にダイブさせる彼女はシンプルに頼りになる。小学校の時、プールにいきなり飛び込むやんちゃくれ達のような感じだ。私などは、まずプールの水を手のひらですくい、心臓付近にすり込むように付けて、恐る恐る足からプールに入っていたのに。



「ん? 食べないの?」


「いっいや、食べるよ」



 私は、餃子を掴み、胡椒酢に浸した。



「えっ! 美味しいっ! イメージと全然違うんだけど」



 餃子には餃子のタレだろうという固定観念は脆くも崩れ去った。あり得ないぐらいの旨味が口の中に広がる。むせたりするどころか、もっとベチャベチャに浸してもいいぐらいだ。



「胡椒とお酢なんだけど、何かまた別の何かのような感じだ」


「そうよね。これは癖になる美味しさ」



 考えてみれば、ドレッシングってこれに油を混ぜて作る。丁度餃子の油が混ざって、結果ドレッシングになっているんじゃないかと推測した。いや、理屈はどうでもいい。美味ければなんでも。



 あっという間に、餃子6つを食べてしまった。炒飯の存在を忘れてしまうほどの衝撃と美味さ。やはり、餃子は熱々を食べるのが美味しい。彼女も同様に、餃子を先に食べ尽くしていた。



「炒飯食べよっと」



 彼女はそう言うと、薄い緑のレンゲで炒飯をすくった。パラパラと解けるような炒飯ではない。そんな高級なお店のものではなく、すくったところがちゃんとその形のまま崩れていない重量感というか、密度がしっかりしている炒飯だ。



「やばいっ! このお店、やばくない?」



 私も負けじと炒飯を貪るように食べた。



「美味いっ! 止まらない!」



 昔、お菓子のCMであった。本当に止まらない美味さ。私はメニュー表を見直した。



「ごっ500円だって! 餃子が220円って最高すぎないかっ!」


「720円でこんなに幸せになれるもんなんだね」



 私はスープをレンゲですくい、口の中に入れた。あっさりとした風味と胡麻油の香りが広がった。



「スープ美味い。ある意味フルコース」


「たまに出る冗談、結構好きなんだ」



 彼女は炒飯を食べながらそう言った。一人で食べに来ても十分に美味しいのだが、二人で食べるとまたワンランク上の感動があった。私は彼女の存在に心から感謝している。彼女の喜ぶ顔をもっと見たいし、彼女に幸せだと感じ続けてほしい。その為ならどんな努力も惜しまないだろう。そして、その心の中に溢れる言葉達は、声に出して伝えないとあまり意味がない事も私は知っている。



「君が美味しそうに食べるから何か嬉しくてさ。ありがとうね」


「こっちこそ。最初は不安だったけど、もうこの店のファンになっちゃった」



 お会計、1440円。彼女とまた北京飯店に行く約束をした。今度もまた彼女は冒険をするに違いない。もう一度、炒飯と餃子を注文しようとする私の隣で。





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