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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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4

 

「発想力って大切なんですね」


「そうですね。もちろん、イマイチであったり、ナシだなと思う事もありますが」



 一口食べただけで、パン粉が違うと感じた若大将も十分に凄腕の料理人だ。私は、なぜ美味いのかなんて考えもしなかった今までだった。ただ、日に日に料理への興味が濃くなっているのが分かる。



「どうですか? エビチリは?」


「美味しいですね。弾力が凄いし、このレタスが凄くいいです」


「レタス、必要ですよね。餡を絡めると、十分おかずですし」



 確かにそうだ。餡をまとわりつかせたレタスをライスの上に乗せて巻いて食べた。



「美味いです。餡も全て食べてしまうぐらい」


 ニンニクと生姜が効いたこのチリソース、自宅で作るにはどうしたらいいか全く分からない。自宅だと、こんな弾力のあるエビも手に入らないだろうし、代用品も思いつかない。



「この間のレシピ役立ちました?」



 タブレットをいじりながらテツ君が聞いてきた。



「はい。セロリが手に入らなくて、キャベツで作ってみました」


「ザワークラウトですね。あれもカレーに添え付けると最高ですよね」



 私はお麩とワカメの味噌汁をすすった。



「テツ君、味噌汁も美味しいよ」


「ありがとうございます。ワカメは鳴門のワカメだから、味が濃いと思います」



 鳴門の乾燥灰ワカメ──ワカメに灰をまぶして乾燥させる加工品。ワカメに付着した水分を灰自体が吸水するともに、灰の粒子によりワカメ要素体の表面積が大きくなり、水分の蒸発効率が高まる。さらに、灰が付着する事で太陽光線を遮断し、紫外線によるクロロフィルの分解を抑えて緑色が長期保存される。



「私どもも鳴門のワカメを使っています。味はもちろんの事、色が鮮やかで」


「鳴門って、渦潮のですか?」


「そうですね。春に訪れると渦が凄いですよ」


「そうなんですね。何でも知ってますね。若大将」


「いえいえ、大将の教えです。現地の空気を吸いなさいと」


「行ってみたいな。徳島県でしたっけ?」


「そうですね。ただ、大将は北京には行った事がないそうです」



 それは以前にお客さんとの話しを聞いて知っていた。それを聞いた時、吹き出しそうになった事を思いだした。



「なんだ? 噂してんのは誰だ?」



 大将が奥から顔を覗かせたが、すぐに見えなくなった。



「地獄耳すね」


「変わらないです。大将は」



 それにしてもこのエビチリ、今まで食べたどのエビチリより美味しい。全く別の味でもない。私が知るエビチリの味ではあるが、次元が違うと言うか、例えるなら、のど自慢優勝者と、大御所の演歌歌手ぐらいの差はあるだろう。とにかく、北京飯店の料理は夢中に食べてしまう。真冬に蟹鍋を囲むと、みんな一言も話さなくなるような感じに近い。とにかく、それほど美味いと言う事だ。



「タルタルソース美味いね。ちょっとわさび入ってるでしょ?」


「はい。大将が自由に作ってみろっておっしゃるから自由にしてみました」


「いや、美味いよ。刻んで入れてるのはらっきょう?」


「はい。手っ取り早いと思って」


「いや、美味いよ。ほんとに」



 想像していたより遥かにテツ君は凄腕と若大将は小声で言った。自分の事ではないのに、何故だか誇らしく思えた。






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