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「後ろから失礼します。餃子2人前です」
弟子のテツ君がラグビーボールの型をした白いお皿を私達の間に置いた。お酒の淵に赤色で“北京飯店”と書かれてある。少し色褪せているが、しっかり読める程度だ。一つのお皿に餃子が2人前盛られており、表面がパリパリで、こんがりと狐色に仕上がっている。
「美味しそう!」
「お嬢さん、美味しそうではなくて美味しいんだよ」
「ごめんなさい。見るからに美味しそうですね」
「前からごめんよ。炒飯ね」
大将が、私の彼女に話し掛けた。初めて来る彼女にだ。私はショックだった。3年も通っているのに、ほぼ『いらっしゃい』と、『はいよ』と、『ありがとうございました』しか言われた事がないのに──。
大将が、私達の前に炒飯を置いた。小さなスープ付きだ。このスープがたまらない。ネギしか入っていない透明のスープだが、これがとんでもなく良い仕事をしてくれる。
「炒飯もすごく美味しそう」
「そうだね。綺麗なドーム型だ」
ドームの頂上に、紅生姜が乗っかっている。卵とロースハム、そして、青ネギ、たったそれだけの具材だが、まさに芸術品だ。少し醤油の焦げたような香りが食欲をそそる。
炒飯も店によって個性がある。私が子供の頃に行った中華屋では、福神漬けとらっきょうが添えられていた。あと、グリンピースが数個乗っている炒飯も好きだ。個人的なこだわりとして、刻んだ玉ねぎが具材として使われているのはちょっと苦手だ。別に玉ねぎが嫌いな訳ではない。それは炒飯ではなく、ピラフなんじゃないかと思うからだ。炒飯とピラフは似ているが、私の中では全く違うものだ。
「いただきます!」
「いただきます!」
彼女は、2列にならんだ餃子の一番端を箸で掴み、そのまま餃子のタレにダイブさせた。
「何これっ! すごい美味しい!」
彼女は私の肩を数回叩いた。本当に美味しい時のリアクションだ。とりあえず、スープからいこうと思ったが、餃子からいただく事にした。
「うっ美味いっ!」
「噛んだらジュワッて汁があふれるでてくるよね」
こんなに美味い餃子を何故今まで注文しなかったのか──最初のパリッとした食感から、溢れ出す具材のエキス。とてつもなく熱いが、それよりも美味さが勝ってしまい、そのまま全て放り込んでしまった。当然、吐き出してしまいそうなほど熱いが、ハフハフと言いながらこの最高のひとときを堪能した。そして、あと5つもそれが残っている幸せたるや。
「こんなに美味しい餃子食べた事ないけど」
「辣油もうちょっといる?」
辛いのは得意ではないが、この辣油は好きだ。タレの表面積を軽く覆うぐらい辣油を垂らしたいが控えた。もう40代も後半に差し掛かかろうとしている。健康診断もすこぶる良かった訳じゃないし、自分で管理しないといけない。例えば、私は漬物が好きで、毎日のように食べている。特に古漬けが好きで、醤油をたっぷりつけて食べていたが、それもやめた。とにかく余計な塩分等を摂取しないように心がけている。ふりかけも大好きだが、これも余計だ。味気ないが、仕方のない事だと諦めている。
私はプッシュタイプの辣油を彼女の皿に数滴垂らした。
「ありがとう! そうそう、この間美味しい餃子の食べ方をテレビでやってたよ」
「どんなの?」
「何かね、お酢に胡椒をふって食べるの」
「えっ? お酢に胡椒?」
「みんな美味しいって言ってた」
私は、目の前に並んでいる調味料を見た。
「胡椒とお酢ありますが」
「やってみる?」
「チャレンジャーだね。せっかくだし、やってみるか」




