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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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5

 

 溶き卵のスープに舌鼓を打ち、いよいよメインディッシュだ。まずは、薬味なしで食べてみる事にした。



「美味っ! 凄い濃厚だ!」



 胡麻ダレつゆの濃厚さにびっくりした。とにかく、そうめんに絡みついてくる。何処かに中華を感じるのは辣油のせいだろうか。とにかく飲み物かのようにそうめんが入っていく。



「こっちも美味しいわ」



 彼女曰く、肉味噌が癖になる味だそうだ。



「初めて食べたけど、美味しいわ」


「冷やし坦々麺、家で作れそう?」


「無理よ。らしきものなら作れるかもだけど」


「麺も凄く縮れていて美味しそうだよね」



 お互いの注文した品を、味見も兼ねて交換した。



「凄い絡みついてくるわね。これは市販の胡麻ダレでは無理ね」


「冷やし坦々麺、美味いっ! 肉味噌がもっと濃い味かと思ったけど、丁度いいよね」


「そうなのよ。全て計算されているんだろうけど」


「やっぱり凄いね。ここの大将も」



 ふたたび、自分の注文したものに交換した。胡麻ダレが絡みつくけど、喉越しは抜群である。一口サイズに巻かれたそうめんがもうなくなってしまった。



「替え玉できますよ」


「マジですか? お願いしようかな」


「はい。つゆも普通のめんつゆをお出しできますが?」


「そうなんですねっ! それは嬉しいな」



 カウンターの向こうにいる若大将が、替え玉そうめんと、新たなつゆの器を出してくれた。ガラスの器に見慣れた黒い液体が入っている。



「美しい器ね。やっぱり料理は器も凄く大事だわ」



 女性らしい意見である。私などは、竹の器には反応したが、ガラスの器には無反応だった。確かによく見ると、赤い六角形の模様がとても綺麗だ。



「流石にお目が高いですね。そちらは江戸切子を使わせてもらっています」



 大将が新しいお手拭きを持って来てくれた。



「凄い。めちゃくちゃ高級品ですよね」


「はい。でも、これを使いたくて奮発しました」



 高級と言われればそう見えてしまう私はまだまだなんだろう。だが、彼女はその美しい器の価値を一発で見抜いていたようだった。



「ほんとに綺麗だわ。こんな器であなたと焼酎とか飲みたいわね」


「それいいね。これって高いんですか?」



 若大将に聞いてみたが、『内緒です』と言われた。おそらく、引くほど高いんだろう。



「急に緊張してきたよ。江戸切子」


「“キリコ”っという女のひとに緊張してるみたいな言い方じゃない」


「これって、色は赤だけなのかな?」


「青とか見た事あるわ」



 江戸切子──日本と東京都から指定を受けている伝統工芸である。ガラスの表面に紋様をカットして装飾する技法、または、カットされた紋様そのものを指す。



 私は、薬味のミョウガを入れてそうめんを食べた。



「美味いっ! 濃縮タイプのつゆとは雲泥の差だよ」


「市販のと比べてはいけないわね。あれはあれで美味しいけどね」



 何が調合されているか分からないだろうけど、つゆに顔を近づけてみた。

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