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あっという間に小鉢の揚げ出し豆腐を平らげてしまった。お酒を飲みたいところだが、今はまだ我慢である。
「ビールとか最高だろうね」
「そうね。後で家で飲みましょう」
「そうだね」
麦わら帽子を取った彼女は、ずっと頭を触っている。
「ぺしゃんこになってない?」
「うん。なってないと思うけど」
「ほんとに?」
「うん。いつも通りだけど」
「なら良かった」
またイケメンの彼らを意識しているのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。
「せっかく会ったのにかっこ悪いなって。ぺしゃんこだと」
「いやいや、全然大丈夫。」
肩に付かない程度の黒い髪を、耳にかける仕草に胸が高鳴った。
「今日は大変だったね」
「うん。でも全然平気そうで安心したわ」
今日は彼女と昼から会う予定だったが、ひとり暮らしの彼女のお母さんが、階段から足を踏み外して怪我をしたらしく、様子を見に行っていた。
「おいくつだっけ?」
「来年75歳よ。捻挫程度で安心したわ」
「そうだよね。骨折とかだと大変だし」
「ほんとに。そのまま寝たきりの話しとか聞いた事があるから心配だったの」
「捻挫程度でよかったよ」
「ごめんね。せっかくお昼から会えると思っていたのに」
「いやいや、全然。何か出来る事あったら何でも言って」
「ありがとう」
彼女のお母さんは、彼女の生まれた街にまだ住んでいるらしい。三姉妹の長女である彼女が一番頼りになるらしく、何かあれば真っ先に連絡が来るそうだ。
「次女がね、一番近くに住んでいるんだけど……」
三女は他県の嫁いで行っみたいだが、次女は目と鼻の先、つまり同じ町内に住んでいるらしい。
「仲悪いの?」
「わだかまりというか、色々あってね」
彼女は言葉を濁していた。話せば長くなるからと続きは聞けなかったが、どうやらそんな軽い話しではなさそうだ。
「お待ちどうさま。クラゲの酢の物です」
「ありがとうございます」
カウンターの向こうの大将が、黒に金縁の丸い器出してくれた。
「美味そう」
クラゲの酢の物──きゅうりの緑が鮮やかである。いりごまがふられていて、浅いその器がとても高級感を醸し出している。
彼女が、取り皿にクラゲの酢の物を入れてくれた。
「ありがとう」
「いただきましょうか」
プルプルとしたクラゲがとても美味しそうだ。
「美味いっ!」
「何これっ! 食べた事がないぐらいコリコリよね」
弾力というか、肉厚が凄いクラゲである。クラゲの味自体はよく分からないが、しっかりお酢と胡麻油が染みている。
「何か、凄くフルーティーな味よね。癖になるわ」
「確かに。何か食べた事あるような」
「分からないわ。簡単に分かってしまっては逆に駄目だもんね」
彼女の言う通りだ。この上海楼は超人気店である。味も技も全て特級品で、素人の我々では分かるはずもない。




