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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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2

 

 黒の割烹着を着た、これまたイケメンの店員さんがお水とおしぼりを持ってきてくれた。ツーブロックで、オールバックである。テツ君もツーブロックにしていた事を思い出した。



「ご注文はタブレットでよろしくお願いします」



 深々とお辞儀をする彼を見て、行った事はないがホストクラブってこんな感じなのかと思った。



「ツーブロックにしようかな」


「どうしたの? いきなり」


「いや、みんなツーブロックだからさ」


「やってみてよ。今の髪型しか見たことないし」



 髪型というほどのものではない。どんな名称かも知らないごくごく普通の髪型だ。おそらく、20年は同じ髪型かもしれない。



「やってみるよ。彼のようにオールバックでキメたい」


「凄いイメチェン。想像つかないわ」


「いや、仕事中に汗だくになって、髪の毛とかウザくて仕方ないんだよ」


「あなたの仕事はハードだもんね。オールバックでも汗は変わらずに出るだろうけど、鬱陶しさはマシかもしれないわね」



 汗がウザいのもあるが、単純に店員にヤキモチを焼いていただけである。身長も彼のように高くない。172センチで、低くもなく高くもない。店員さんがお水を持ってきた時、彼女は髪を触整えていた。それを見て、大人げなく嫉妬しただけなのである。もちろん、口が裂けてもその事は言えないが。



「今日は何を注文する?」


「そっそうだね」


「どうしたの?」


「いや、何でもないよ。今日も暑かったから涼しげなものを食べたいけど、そんなメニューあるかな」



 動揺を上手く隠せたかどうか分からないが、私はタブレットを手に取った。



「クラゲの酢の物とかどう?」


「あなた、お酢ものにハマってるわね。いいわよ。食感も楽しいし」



 ページをめくっていると、“夏限定メニュー”なるものが飛び込んできた。



「冷やし坦々麺だってさ」


「私、それにする」


「決めるの早くない?」


「だって、食べた事ないし、興味あるわ」



 確かに、坦々麺は食べた事あるが、冷やし坦々麺は一度もない。さらにページをめくると、“竹そうめん胡麻ダレつゆ“なるメニューがあった。



「これってさ、そうめんを胡麻ダレで食べるって事だよね?」


「胡麻ダレ大好き。特製の出汁で割ってあるんでしょうね。それにしたら?」


「そうめんを胡麻ダレで食べた事ない。これにするよ」



 クラゲの酢の物、冷やし坦々麺、竹そうめん胡麻ダレつゆをオーダーした。



「前から失礼します。サービスのお通しです」



 若き大将がサービスで出してくれたのは、“揚げ出し豆腐”だった。群青色した六角形の小鉢が、揚げ出し豆腐を引き立てていた。



「この器もお洒落よね」


「器の事あんまり分からないけど、揚げ出し豆腐にはこの器だよってぐらい合ってるよね」



 素揚げされたししとうの緑がとても鮮やかだ。私は、狐色の豆腐を食べた。



「美味いっ!」


「美味しいわ。見た目は薄味に見えるのに、しっかりと味が入ってある」



 彼女の言う通りだ。食べる前と後では全く印象の違う味だ。この大将も、やはり怪物である。




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