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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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上海楼ふたたび

 

 週末の土曜日──彼女の住む最寄り駅で待ち合わせをしている。改札を出て直ぐにコンビニがあり、そこで彼女が来るのを待っていた。家にあった白い紙袋の中に、ザワークラウトを漬けた瓶を忍ばせて、彼女が来るであろう道をずっと眺めていた。私の住む街よりも少しお洒落で、変わったお店も沢山あるが、コロナ禍で閑散としている。降ろされたシャッターの数が、何とも言えない気持ちにさせた。



「お待たせ。ごめんね」


「びっ、びっくりした」



 彼女は私の背後から現れた。白いワンピースに黒のリボンが付いた麦わら帽子がよく似合っていた。



「今日も素敵だね」


「ありがとう。あなたも黒のポロシャツがとっても似合ってるわ」


「君が選んでくれたものだしね」


「センスの良さかしら」


「自分で言っちゃったね」



 白い歯を見せて笑っている彼女を見ていると、とても幸せな気持ちになる。



「買い物?」


「何で?」


「いや、紙袋持っているから」


「あっ、これ? これはプレゼント。お口に合うといいけど」



 私は紙袋を彼女に渡した。



「何? えっ! どうしたの?」


「作ったんだよ。箸休めにどうぞ」


「凄いねっ! 美味しそうね」



 彼女はザワークラウトが入った瓶を見ている。何故か瓶の底をずっと見て笑っている。



「どうしたの?」


「いや、あなたにもらったプレゼントの中で一番嬉しいかも」


「そうなの? 味見はしてあるから、大丈夫だと思うけど」



 彼女は何故作ろうと思ったのかをしきりに聞いてきた。とくに隠す理由もないから、ありのままを伝えた。



「急に芽生えたの?」


「無性に食べてもらいたい衝動に」


「不思議ね。友達にも渡すんだね」


「隣の隣の区だし。来週にでも持っていくよ」


「まさかザワークラウトとは。驚きだわ」



 ザワークラウトを作ろうと思って作ったなら斬新かもしれないが、セロリの代用である。



「実はピクルス系大好きなのよ。私も作ってみる」


「是非、お裾分けよろしくです」


「うん。とりあえず、王道のきゅうりを漬けてみるわ」



 彼女と他愛もない話しをしながら上海楼に向かっていたが、駅近だからあっという間に着いてしまった。



「相変わらず渋い佇まいだ」


「ほんと。屋号もローマ字だし。これが漢字なら中華屋さんに見えなくもないけど」



 TVや雑誌で有名なお店だが、一切そういった宣伝をしないスタンスのお店。



「いらっしゃいませ。お待ちしていました」



 若大将が自らお出迎えをしてくれた。一度しか来ていないのに、しっかりと覚えてくれているようだった。



「テーブルは予約済みでして。カウンターでよろしいですか?」


「はい」


「こちらへどうぞ」



 三つある全てのテーブルの上に“予約席”と書かれたプレートが置かれていた。相変わらず占い屋敷のような不思議な空間だが、意外と落ち着くのは何故だろうか──。


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