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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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3

 

 私は、豚肉の生姜焼きから立ち込める湯気を手のひらで扇いで香りを堪能した。まだ口にしていないのに、ライスをかきこみたくなった。部位は、肩ロースの薄切りである。何度も思った事だが、私の好みを知っているのかと感じるほどドンピシャであり、ピンズドである。



 そして、千切りキャベツ──その右端に添えられているのは、いつものマカロニサラダではなく、中華サラダだった。



 中華サラダ──酸味が効いたお惣菜屋さん風。材料は、春雨、きゅうり、卵、ロースハムだ。それを、お酢の効いた醤油と胡麻油の調味液で和えている定番のサラダ。個人的な感想だが、ロースハムがとても良いアクセントになっている。



 私は、七枚もある豚肉を箸で掴み、ライスの上に乗せた。一口目はゆっくり豚肉だけを味わうつもりだったが、ライスを豚肉で巻いて食べたいという衝動を抑え切る事が出来なかった。



『……』



 久々に言葉にならないほどの美味さだった。しっかりと味が付いた豚肉と炊き立てのライスが合わない訳がない。超がつくほど仲良しに決まっている。しかも、あと六枚もその幸せを感じる事が出来るのである。幸せって、実はこういう事なんだとしみじみ思った。



「どうですか? うちの新メニュー」


「いや、もう言葉もない。本当に美味いよ」


「ありがとうございます」



 テツ君に勧められるまま注文したから値段が分からない。少し前なら、口が裂けても聞けなかったが、テツ君に聞いてみようと思った。



「これっていくらなの?」


「700円です」


「700円っ! そんな馬鹿な」


「大将がそうおっしゃっていますから」



 確かに、定食屋やカツ丼のチェーン店に行けば、もっと安く食べられるかもしれないが、成人男性の手のひらより少し小さいサイズの豚肉が七枚である。それを700円で提供するお店は、あるかもしれないが、探すのはかなり骨の折れる作業だろう。



「安いだけの店ならそこそこ知ってるけどさ、ここは味も一級品じゃない? もう少し高くても、常連さんは何も文句は言わないと思うけど……」


「僕が本格的にお店を任されたら、値段上げようかな」


「マジかっ!」


「嘘です嘘です。お客さん、この辺にお住まいですか?」


「いや、仕事で来てるだけで。自宅は結構遠い」


「そうなんですね。真っ黒に日焼けされてるから、外の仕事なんでしょ? 空調服を着ておられるし」



 彼女にもらった空調服を毎日着ている。ベストタイプで、その下に汗を吸収する特殊なロングTシャツを着ている。腰あたりにファンが二つ付いていて、裏地のポケットに、スマホより少し大きな充電式のバッテリーを入れている。



「今、それを着ている人多いすよね。僕も買おうかな」


「いいですよ。汗を一滴もかかないとかではないけど、お勧めです」



 彼女のおかげでとても快適に仕事が出来る。ただ、充電とファンのカバーの取り替え等がちょっと面倒ではある。



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