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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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ハヤシライスか、新メニューか

 

 8月に入った。連日連夜、このどうしようもない暑さと格闘している。昼間は、突き抜けるような青空の下、肉体労働に勤しみ、夜は夜で、暑さと湿気で眠る事すらままならない。クーラーを28度に設定しているが、それでもなかなか眠れない。27度にすると、朝、鼻が詰まっている時があるし、身体の調子が良くない気がする。この1度の差がとてももどかしい。今日も寝不足気味で辛いけど、大好きな北京飯店が潤いを与えてくれるだろう。スタミナという潤いを──。



「いらっしゃい!」



 11時ジャスト──いつもの席に座った。他のお客はいないが、すでに調理場はとても忙しそうである。



「何しましょう?」



 今日のテツ君はスカイブルーのバンダナを巻いている。襟足をバリカンで刈ったのか、とてもすっきりしていた。



「髪切ったの?」


「よく分かりましたね。バンダナで巻いているのに」


「いや、襟足が綺麗だからさ」


「そうなんです。暑くて鬱陶しいから妻にツーブロックにしてもらいました」


「暑いよね。外の仕事も暑いけど、調理場もたまらないね」


「調理場に入らせてもらって5キロ痩せましたし」



 言われてみれば、テツ君の顎がシャープになった気がした。もともと痩せ過ぎでもなく、太り過ぎでもない、丁度良い体型のテツ君だが、5キロも体重が落ちたなら、顔に出るだろう。



「今日から新しいメニューが増えましてね」


「そうなの?」


「昨日、大将と相談して決めたんです。夏限定ですが」



 昨日はハンバーグ定食だった。今日は、きのこたっぷりハッシュドビーフか、ハヤシライスの2択でハヤシライスに軍配が上がっていたが、新メニューが気になって仕方がない。



「貼り紙もまだなんだね」



 いつもは新メニューを壁に貼り付けられているが、見当たらない。



「すいません。忙しくて忘れてました」


「その新メニューとは?」


「豚肉の生姜焼き定食です」



 頭が真っ白になった──今日はハヤシライスなんだ。きのこたっぷりハッシュドビーフを諦めてまで選択したハヤシライスが一瞬で霞んでしまった。北京飯店の豚肉の生姜焼き定食なんて美味いに決まっているじゃないか──。そして、また『お好みでどうぞ』とマヨネーズを付けてくれるんだろう。



「どうですか?」


「豚肉の生姜焼き定食でお願いします」


「はいよっ! 豚肉の生姜焼き定食です」


「はいよっ!」



 奥から大将の掛け声が聞こえた。今日も蕎麦の出前等で忙しいはずだ。



 しかし、ハヤシライスと決めてきた私の固い意志って一体──そんな意志なんてものは脆くも崩れ去り、新参者の豚肉の生姜焼き定食に一瞬で心を奪われた。実は自宅で何回かチャレンジした事がある。一度も美味しく作れた事はない。どうしても、あの絶妙な甘辛さを出せないのだ。醤油がきつかったり、生姜が少なくてボケた味だったり、甘くしたいから、少し多めに砂糖を入れたらとてつもなく甘くなったりと。ハヤシライス等はハードルが高すぎて無理だが、豚肉の生姜焼きなら調味料の配分さえ盗めたら、何とかなる気がした。

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