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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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4

 

「来週からよろしくお願いします」


「はいよ。お手間取らせたね」


「いえいえ、どうぞよろしくお願いします」



 宅配サービスのお兄さんが足早に出て行った。来週月曜日から本格的に始まるようだ。




 ライスの消費が回鍋肉の量と合わなくなってきている。これはライスをおかわりするか、回鍋肉のみを貪り食うかの二択しかない。とりあえず一息つく為に、炒飯や定食、ご飯ものに付いてくる小スープをレンゲで掬った。



『ふぅ……』



 青ネギの小口切りのみのスープだがとても味わい深い。このスープも自宅では絶対に作る事は出来ないだろう。どんな風に作っているのか目を凝らして見ていた。厨房に置かれた銀色の寸胴からスープを掬ってこの小さな器に入れていた。スープを加える前、器に青ネギと何の調味料か分からないが、少々ふりかけていたように見えた。青ネギと調味料はどうとでもなるが、あの年季の入った寸胴のスープは作る事は出来ない。色んな野菜が浮かんでいて、北京飯店の命とも言えるスープだ。当然、レシピは教えてもらえないだろう。厨房を任されているという事は、このスープもテツ君が仕込んでいるのだろうか──。



 私は気を取り直して回鍋肉に入っている野菜のみを食べた。キャベツの歯応えが堪らない。立ち位置的には準主役といったところか。そしてピーマンだ。小さい時は本当に苦手だったが、今ではこの野菜を生で食べるほど好きである。以前、彼女と行った焼き鳥屋さんで、つくねを注文したら生ピーマンが一緒に出てきた事があった。半分に切られていて、そこにつくねを乗せて食べてくれというものだった。これが本当に美味しくて、それから生でピーマンを食べる機会がグンと増えた。丸いつくねをピーマンに乗せて食べるなんて誰が考えたのか分からないが、提案した人は天才だ。私は、そういった発明というか、発見をした事がない。彼女は割と面白い事を料理でやるタイプだから今夜聞いてみる事にしよう。



「どうも。大将、取りにきたよ」


「ありがとう! 今十人前出来たとこだよ」


「タイミングバッチリだ」


「来週から宅配サービスに任せる事になったからさ」


「さっき言ってたね。携帯で全部出来るんだよね?」


「分かる?」


「何度か他所でお世話になってるからね。やり方は知ってるよ」



 年の頃は50代半ばぐらいだろうか──先程の話していた市民会館の人だろう。痩せ型で白髪混じりの髭を顎に蓄えていた。



「テツ、悪いが手伝ってくれ」


「はいよ」



 裏口から出たら直ぐに駐車場である。大将とテツ君は、ざる蕎麦十人前をお客さんの車に運びに行ったようだ。



 お店には私だけになってしまった。私がお店のお金を盗んだりしたらとかは考えないんだろうか。私はそんな事はしないが、他のお客さんの時もそんな感じなんだろうか──。



「こりゃ限定30食じゃ足りないかもしれんぞ」


「そうですね。三宅さんも生そばセット四人前でしょ?」



 大将達が帰ってきた。少しの時間だったが、体感的には十分ぐらいあったように思う。



「あと、佐藤さんも取りに来てくれるよ」


「何人前ですか?」


「十人前」




 開店と同時に24食も蕎麦が売れていた。限定30食ならあと6食しかない。昼の営業時間は2時までとメニュー表に書いてあるから、全然足りない状態である。

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