3
あっという間に平らげてしまった。新たに注文しようかと思うぐらい中毒性があった。テツ君は自宅でも簡単に出来ると言ったが、プロの方とはそもそも次元が違う訳で、彼らの“出来る”は素人の私にとっては簡単ではないのだ。自宅で作ってはみるけど、おそらくこんな美味しくは出来ないだろう。
しかし、まさかのタイミングでテツ君から話し掛けられた。無料でフライドポテトも出してくれた。これは私が常連である事を認めてもらえた証ではないだろうか──。とりあえず、テツ君からは認定されたと勝手に思っておく事にしよう。問題は大将だ。彼から事務的な事以外で話し掛けられた時、真の常連と言えるだろう。実は、正直どうでもよくなってきている自分もいる。テツ君に話し掛けられた事で、変に浄化されたような気がするし、シンプルに嬉しかった。今はただこの余韻に浸っていたいのだ。
「はいよっ! 回鍋肉とライスね!」
「あっ、どうも」
目の前に強烈な香りを醸している回鍋肉とライスが置かれた。
回鍋肉──豚肉、キャベツ、長ネギ、ピーマンを、醤油、甜麺醤、豆板醤、各種調味料で炒めた最強のご飯のお供。超メジャーではあるが、あまり町中華では手を出さなかった一品。正直、提供していないお店も多いんではないだろうか──。
そして、平皿に盛られたこのライスだ。いつも開店と同時に来るから炊き立てである。この炊き立ての白いご飯の上に茶色い味噌を纏った豚肉を乗せて、味付け海苔をご飯に巻いて食べる要領で食べる。もう食べる前からよだれが止まらない。
「はい、スープです」
「ありがとうございます」
「熱いんで気をつけてください」
「はい。回鍋肉って、町中華で出してる所って少なくないですか?」
自然とテツ君に質問していた。疑問に思っていたし、『熱いんで気をつけてください』の一言で話し掛けやすくなった。
「うちもやってなかったんです。大将が常連さんにせがまれて出すようになって」
この回鍋肉も後からメニューだったらしい。逆に最初はどんなメニューで営業していたのか気になった。
「テツ、明日から蕎麦限定30食にするからそっち頼むぞ!」
「30食って、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないからお前に頼るんだよ。しっかりな」
仕事の話しがひと段落ついたのか、奥にいた大将がテツ君に檄を飛ばした。
「はいよっ!」
「とりあえず、市民会館に蕎麦十人前だからそっちは頼んだぞ」
限定30食、コロナ禍で、しかも町中華の蕎麦が飛ぶように売れている。腰が抜けるほど美味しいから必然と言えばそうなのだが。この調子じゃ、本当にテツ君に北京飯店を譲る方向で話しが進んで行くんではないか──。まぁ、私が考える事でもない。仮にテツ君が大将になった北京飯店でも通いつめるだろうし、大将が出すかもしれない蕎麦屋にも頻繁に顔を出すだろう。今は目の前の回鍋肉に集中するとしよう。
しかしこの茶色の光沢がたまらない。そして湯気から立ち込める味噌の香りと豚バラ肉の多さ。相変わらずぶっ壊れている。野菜もそれなりに見えているが、ほぼほぼ豚肉である。私は最初のイメージ通り、ライスを豚肉で巻いて食べた。
「美味いっ! 美味すぎて不安だっ!」
何が不安なのか──美味すぎてご飯が足りなくなる事必至である。




