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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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 いよいよお待ちかねの五目そばだ。これも、中華丼と同様に具沢山である。ラーメン鉢の淵までぎっしりと具材が盛られている。麺にたどり着くのにかなりの時間を要するが、飽きのこないあっさり味の為、いくらでも食べられてしまう。夜ご飯は自炊で、ろくに野菜を摂っていないからこの量の野菜は嬉しい。一人分のサラダを作るのって難しいし、とにかく自炊だと野菜をどうやって摂ればいいのか分からない。スーパーのお惣菜コーナーにあるサラダや煮物等は少量なのに高いし、かと言って自分で作るには材料が余り過ぎてしまう。要するに、料理の才能は私にはないという事だ。



 しかし、箸が止まらない。息継ぎなしで50メートルプールを泳ぎ切るぐらいの勢いで食べている。色んな具材の出汁がベースのスープに溶け込み、卵麺にうまく絡まっている。きっと麺をすする音が気持ちよく店内に響いていることだろう。それぐらい豪快にすすっているのだから──。



 残り3分の1まで食べたところでふと思いついた。半分残してあったキムチを投入してはどうかと。子供の頃、ご飯にお味噌汁をかけて食べたら母によく叱られた。



「そういう食べ方していると出世しないわよ」



 また母に怒られそうだが、40過ぎなのに出世している訳でもないし、ご飯にお味噌汁をかけるのとは訳が違うと思った。この甘口のキムチを入れる事によって、新たなハーモニーを楽しむ事が出来る。これは、投入しないと絶対に後悔するはずだ。



 早速、キムチを入れた。軽く割り箸でかき混ぜると、キムチの色がスープに移り、ニンニクの香りがラーメン鉢から漂う。私は、麺とキムチを挟むように取り、そのまますすった。



 言うまでもない。美味いに決まっている。キムチの酸味と歯応えがこの五目そばの最後のピースかのようにピッタリとハマっている。最高の食べ方を覚えてしまった。



 五目そば──650円。


 キムチ──100。



 750円でこれほどの幸福感を与えてくれる北京飯店に感謝である。午後からも仕事が山積みだが、頑張ってやろうと思える。大袈裟ではなく、ただ餌のように昼食を済ませる時もある。そう考えると、美味いものを食べるという事は、生きていく上で最も大事だと言っても過言ではない『食べる』という行為を、もっと普段から見直すべきではないかと。そして、一人でも十分美味いが、愛する人や、家族とこの北京飯店に来たいと思った。この素晴らしい世界を共有したいと──。



 私は割り箸をラーメン鉢の淵に置き、スマホを取り出した。彼女にメッセージを送信するためだ。



『仕事ご苦労様。とりあえず、また北京飯店に来てるよ。今週2回目。今度、一緒に行かない?』



 彼女と付き合って5年が経つ。行きつけのコンビニの店員さんだった。今はコンビニを辞めて、医療事務をしている。年齢は、僕より5つ歳上の49歳でバツイチである。自分で言うのも何だが、とても49歳には見えないし、凄く綺麗だ。私はそんな彼女を愛している。5年も付き合えば、マンネリ化してしまい、ドキドキ感はなくなるかと思いきや、出会った頃の気持ちを持ち続けている。彼女の方はどうか分からないが──。



『お疲れ様。今、休憩してるよ。また北京飯店に行ってるんだ。そんなに行ってるんだから、割り引いてもらわないと。うん、今度連れてって。餃子食べたい!」



 運良く彼女も休憩中で、すぐに返信があった。『割り引いて』に吹き出しそうになった。そう言えば、餃子を食べた事がない。3年も通って、王道である餃子を何故注文しなかったのか──。次は、彼女と一緒に餃子と炒飯を食べよう。



『いや、ちょっとまてよ』



 炒飯も注文した事がないな……。3年も通っているのに。そんな事では決して割り引いてもらえない。


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