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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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4

 

 麺を啜りはじめてニ分、汗が滝のように吹き出だしてきた。店内は換気の為に入り口は開いているが、クーラーは効いている。血糖値も爆上がりだろう。私は額の汗をペーパータオルで拭い、ひと息ついた。



 奥の扇風機が換気の為だろうか、網戸の方に向けられている。味噌チャーシューを食べ始めたぐらいから、また例のように出前の電話が鳴り止まない。テツ君も大将も臨戦態勢に入ったようだ。ここからが北京飯店の本当の戦いだ。完全に部外者だけれども、『頑張れ!』とエールを送りたい。私は上海楼の若きイケメン大将の顔が浮かんだ。ここでずっと修業をしていたんだろうなと思ったら、見てもいないのにリアルな絵が勝手に頭の中に浮かんできた。



『生まれ変わったら北京飯店で修業しよう』



 あまりそんな事を考えた事はない自分だったが、ふとそんな風に思った。そして、洒落た中華屋を何処かの町の片隅に出そう──。



「テツ、忘れてんじゃないかっ!」


「あっ! すっすいません! 直ぐにっ!」



 大将がいきなり声を上げた。少しびっくりしたが、テツ君が何かミスでもしたんだろうか。



「すいませんっ! これ、入れるの忘れていました」


「えっ?」


「もっ申し訳ありません」


「本当にすいません」



 大将とテツ君が深々と頭を下げている。私は何の事か分からずにどぎまぎしたが、餃子のタレ皿の上に乗っている食材を見て納得した。



『コーンか』



 確かに何かが足りないような気はしたが、それが入っていなくても成立していたからそこまで謝られると逆に恐縮してしまう。



「本日お代は結構なんで。本当に申し訳ない」


「いえいえ、そんな虫が入っていたとかではないんで。全く気にしていません」


「すいませんでしたっ!」



 大将とテツ君はまた深々と頭を下げて謝ってくれたが、そこまでの事とは思えない。私はとりあえず、コーンをラーメンの中に入れた。黄色と白が混ざったコーンだ。とてもみずみずしく、タレ皿の底がコーンのエキスで濡れていた。そして、勢いでバターも入れた。バターはみるみるスープに溶けていった。私は気を取り直して、レンゲでスープとコーンを掬った。



「うっ美味すぎるっ!」



 先程のスープとは別物になっていた。2日目のカレーというか、鍋の締めの雑炊というか、とにかくさらに凝縮されたような旨味が口の中に広がる。もっと乳くさい味になるんではないかと思ったが、そんな事は全くない。この味を表現しきれない自分のボキャブラリーの無さを今嘆いている。そして麺を啜ると、その味噌バタースープが絡みついてとてつもなく美味い。カロリーは鰻登りだろうが、そんな事を気にしていたら、チャーシュー麺など注文出来ない。食べた分は動けばいい。ただそれだけだ。



 気付けばスープも全て飲み干していた。このスープにライスとかベストカップルであろうが、それをしてしまうと、昼から何も出来なくなるだろう。そう言えば、家にインスタントの味噌ラーメンがある。自分で作る時にバターを入れたらきっと美味しいはずだ。また一つ、自炊のレシピが増えた。



「ありがとうございました」


「いや、払いますから」


「いいです。この度は本当にすいませんでした」



 大将にお金を払ったが受け取ってもらえない。私はカウンターにお金を置いて店を出ようとした。



「待ってください!」



 立ち去る私にテツ君が駆け寄って来た。



「これ、餃子の無料券です。代わりと言ってはなんですが、お持ち帰りください」



 テツ君から餃子の無料券を受け取った。無期限と書いてある。しかもパッと見たところ、十枚以上ある。私は餃子の無料券を握りしめ午後からの仕事に向かった。


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