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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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 若き大将に、北京飯店がざる蕎麦をはじめた事を話した。彼は何かを懐かしんでいるような表情で私の話しを聞いてくれていた。



「流石です。昔からざる蕎麦をやりたいと言っていました」


「むちゃくちゃ美味しかったです」


「あなた言ってたもの。駅前の人気店より美味しいって」


「やっぱり敵わないです。あの人には」



 修業している期間、一度も怒鳴られた事もなく、聞けば何でも丁寧に教えてくれたそうだ。見た目はかなり頑固そうに見える北京の大将だが、今の時代にピッタリの指導法と言える。弟子でも何でもない私でさえも誇らしく思えてくるのは何故だろうか──。



「また来週北京に行きますし、ここにもまた来させていただきます」


「ありがとうございます。あっ、それと北京飯店は宅配サービス利用してましたか?」


「いえ。弟子のテツ君と話しているのを聞いた事があるぐらいで」


「大将は、得体の知れない人に自分の魂を預けたくないんでしょうね」


「上海楼は?」


「私どもはやらせて頂いています」


「私、今度お願いしようかしら。自分で作るのやめて」


「是非是非。炒飯は一度だけでも試してください」



 笑いながら大将は、レジを指差していた。それを見た従業員が名刺とフライヤーを持ってきた。



「是非、ご利用ください。常連さん等は宅配料の上乗せはしませんので」


「まっ待ってください。今日が初めてなのに」


「いや、北京を愛してくれている方ですから。大将の話しも聞けたし」



 ポストカードぐらいのサイズで黒一色のフライヤーである。金色で上海楼と印刷されており、下の方にQRコードが記されている。名刺も黒色でシンプルである。余計な事は書かない主義なんだろう。来店すれば全て分かるだろうと言わんばかりだ。北京飯店での修業や様々な経験で手にしたであろう彼の味は、老若男女問わず様々な世代に愛され続けるのだろう。そして、北京飯店の魂も同時に受け継がれていくはずだ。



「またお越し下さい」


「はい。近々必ず」


「北京飯店の情報も出来れば教えてくださいね」


「はい。もちろんです」



 清潔感あふれる若き大将、オールバックでツーブロックの髪型がとても似合っている。私も深々と頭を下げて、彼女と店を後にした。


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