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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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7

 

 作り方──フライパンにサラダ油、生姜を入れて中火で炒める。この時の生姜は、香り付けではなく油特有のにおいを消す為である。そして、卵を加えて大きく混ぜる。ご飯を加えてほぐすように炒め、塩胡椒を手早くふる。この炒飯というのは、時間との戦いであるが、それはお店レベルの火力があっての話しだ。家庭では、時間をかけて卵とご飯をほぐして十分に水分を飛ばす事。そして、ロースハム、ネギを加える。



「最後がポイントでして」


「最後?」


「最後にまだ何かするのかしら……」



 最後に醤油を鍋肌に当てるように加える。そして馴染むように混ぜる。



「以上です」


「ほんとに?」


「それなら私でも出来そうだわ」


「是非、ご家族でワンランク上の炒飯を」


「ありがとうございます」



 お店の技を教えていいのだろうかと心配したが、その通りに調理したところでこの上海楼の味にはならない事を知っている。そんな簡単に出来るなら、全員がプロの料理人になれてしまうからだ。



「行きつけの中華屋がまた出来たわね」


「ほんと。昼は北京、夜からは上海ってコースも有りだな」


「すっすいません。北京とは?」



 若き大将が、びっくりした様子で尋ねてきた。



「この人のお気に入りの町中華よ」


「失礼ですが、S駅の北京飯店では?」


「そうです。ご存知なんですか?」


「実は五年修業した店でして……」



 私は絶句した。この若き大将が、あの北京飯店で修業をしたと言うのだ。味は抜群に美味い。抜群に美味いけど、あの昭和な佇まいの北京飯店でこの人が五年も修業したなんて信じられなかった。



「よっ世の中って狭いわね。あの北京飯店で……」


「大将は元気ですか?」


「げっ元気だと思います。週に四回は行きます」


「確か、定休日は水曜日でしたね」


「そっそうです。いや、ちょっと待って。全く整理がつかないや」


「すいません。驚かせてしまって」



 私はとんでもない偶然に遭遇したのではないか──大好きな北京飯店、大好きな彼女に連れて来てもらった上海楼、そして、そこの若き大将が北京飯店で修業を積んでいたという事。



「心から尊敬している大将です」



 話しによると、北京飯店で修業した後、ニ年前にここに店をオープンしたようだ。一つ一つの料理に愛情を込める、そして味だけでなく出来るだけリーズナブルにと大将に言われたそうだ。



「材料費はケチらず、価格をおさえろと店を出す時に言われましたので」



 確かに安い。黒烏龍茶や副菜まで付いた値段としてはあり得ない価格だ。それも全て大将の教えと知ったら、なんだか無性に北京飯店に行きたくなった。



「あの店、本当に只者ではなかったわね。あなたが週四日で通う訳が分かった気がする」


「定休日や、自分の休日を考えたら毎日だからな。まだ一言も声は掛けてもらってないけど」



 その話しをしたら、若き大将が顔をクシャクシャにして笑った。



「大将らしい。自分から声掛けてるところは見た事ないですね」


「でも、仲良くしている常連さんいらっしゃいますよ」


「常連さんの方から話し掛けて仲良くなったんじゃないですかね」


「勇気を出して話し掛けてみたら? あなたから」


「それはちょっと……」


「相変わらず、メニュー増やしてる感じですか?」




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