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「お決まりになりましたらお呼び下さい」
店員はレジの方へ歩いていった。店内はそれほど広くはない。お客さんも私達以外はまだ誰もいない。
「凄いよね。町中華を出す店構えじゃないよ」
「そうよね。でも、味は美味しいと思うわよ」
カウンターにはメニュー表や調味料の類いは一切ない。あるのは、小型のタブレットがカウンターの席と同じ数だけ置かれている。
「これで注文するんだ」
「そうよ。本当に町中華っぽくないわよね」
チェーン店の居酒屋やファミレス等で目にするが、まさか町中華でタブレットを使うとは思っていなかった。決して町中華を馬鹿にしている訳ではない。あまりにもの異空間に戸惑いを隠せないでいるだけだ。
「何する? 当たり前だけどお酒は出してないから」
「いや、薦めてくれてた中華丼にしようかなと」
「美味しいわよ。私はこの間食べたから別のものにするわ」
結局、中華丼と炒飯、そしてよだれ鶏をオーダーした。送信完了したら、厨房にあるモニターに映し出されるんだろう。まだ若そうだが大将らしき人が確認していた。
「何かちゃんとコックさんの服だよね」
「コック帽も全部黒よね。あなたに言われるまで気付かなかったぐらい」
「そうなの? あんなに真っ黒なコック服なのに?」
「見てないもの。味は美味しいなって。あなたぐらいよ。舐めるように店内を見てるの」
「普通見るでしょ」
「見ないわよ。素敵な店だなで終わりよ。服が何色とか全く興味ないし」
それよりも久々の長男家族との会食が嬉しかったようで、ほとんど孫しか見ていなかったと言っていた。とても孫がいるようには見えないが、そういう会話をしていると、何だか少し現実というか、自分が人間として日本国民として、役に立っていないように思えて申し訳なく感じた。
「あなたはあなたよ。凄く優しくて素敵な男よ」
「あっありがとう。何も言ってないけど」
「言わなくても分かるわ。私にとって絶対に必要な人」
彼女が何故離婚したのか理解出来ないでいた。理由とか野暮な事はもちろん聞いた事もないし、今後も聞くつもりはない。これほど美しくて思いやりのある人でも離婚するんだと思うと、結婚生活とはどれほど荒波なんだろうか──。
私は、壁に掛けられている絵を見た。独特の風景画だ。有名な絵描きのものかは分からないが、妙に気にいった。
「あの絵とか良くない?」
「そうね。あなた、絵に興味あったっけ?」
「いや、全く」
厨房もまるでイタリアンを作っているような雰囲気だ。
「パスタとかピザが出てきそうだな」
「息子が言ってたけど、若い人達に人気なんだって」
知らないだけで素敵な店というのは沢山あるんだろう。次の休みに自分の住む街を散策しようと思った。外食はほぼ北京飯店だけだし、あそこは地元でも何でもない。下手したら、私の住む街にもとんでもなく美味い店があるかもしれない。
「お待たせしました。中華丼と炒飯です」




