上海楼の中華丼
「そうなの? あそこって何でも美味しいんだね」
「麻婆丼は神だった。君にも食べて欲しいよ」
「実は私も同じ事思ってたのよ」
土曜日の昼下がり──彼女の家でピザを注文して過ごしていた。灰色のレギンスと、少し大きめの白いTシャツの彼女は、今日もとても綺麗だ。
「何を思ってたの?」
「見つけたのよ。北京飯店に匹敵するお店を」
「ほんとに? 何処にあるの?」
「駅前商店街」
話しによると、先週の日曜日に息子さん家族と行ったらしい。最寄駅の商店街にある町中華に。彼女には、別れた夫との子供が二人いる。サラリーマンの息子さんと看護師の娘さんだ。2人とも既に独立しており、息子さんは結婚されていて三歳になるお子さんもいるらしい。
「ふらっと入ったのよ。北京飯店とは違って、少しお洒落な感じのお店だったけど」
「お洒落な町中華とかあるんだ」
「ジャズなんか流れてたわよ。値段は基準が分からないからあれだけど、高くはないと思う」
「そうなんだ。美味しかったんだろ?」
「うん。あなたが好きな中華丼を食べたんだけど、凄く美味しかったわ」
何だか複雑な気持ちになった。北京飯店贔屓からくる嫉妬の類いだろうか──。とにかくそこへ食べに行きたいと思った。
「晩ごはんにどうかな?」
「行こうっ! 今はお腹いっぱいだけどね」
冷えてチーズが固まったピザと、シーザーサラダが丸テーブルの上に残ってある。ピザも大きすぎたのか、食べ切れなかった。
「コーヒーでも入れようか?」
「いいね。ありがとう」
居間には割とワイドな4Kテレビが置かれている。二人で韓流ドラマを見ていたが、とてつもない睡魔に襲われていた。
「お腹いっぱいで、むちゃくちゃ眠くなってきたよ」
「私もなの。あなたといるとすごく眠くなるの。普段不眠症で悩んでいるのに」
私といるのがつまらなくて眠くなる訳ではない。実は彼女と全く一緒で、彼女と会うとすごく眠くなる。理由はよく分からないけど、多分安心して眠くなるんだと思っている。
「コーヒー飲んだら寝ましょう」
「ありがとう」
黒いマグカップが二つ──温泉に行った時に買ったやつだ。もう五年前だが、まだ割れずに使ってくれている。些細な事だけれど、お揃いのマグカップでコーヒーを飲める幸せを感じている。
「相変わらず絶妙の甘さだね。ありがとう」
「インスタントだけど何だか味が違う気がするの。いつもはもっとしっかりインスタントなんだけど」
「しっかりインスタントって凄く分かりやすい。君と飲むから美味しいんだろうね」
彼女は私の横に座り、肩に寄りかかっている。髪の毛から、シャンプーと彼女の香りが鼻を通った。私はこの香りが大好きで、街で似た香りに遭遇すると発信源を探すほどだ。
私は壁に掛けられた白い時計を見た。
『2時半か……』
上海楼というお店の営業時間は知らないが、まだ時間はあるしお腹もいっぱいだ。私は彼女を抱き抱えてベッドに向かった。
「少し寝ようか?」
「うん、そうしましょう」




