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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
38/88

上海楼の中華丼

 

「そうなの? あそこって何でも美味しいんだね」


「麻婆丼は神だった。君にも食べて欲しいよ」


「実は私も同じ事思ってたのよ」



 土曜日の昼下がり──彼女の家でピザを注文して過ごしていた。灰色のレギンスと、少し大きめの白いTシャツの彼女は、今日もとても綺麗だ。



「何を思ってたの?」


「見つけたのよ。北京飯店に匹敵するお店を」


「ほんとに? 何処にあるの?」


「駅前商店街」



 話しによると、先週の日曜日に息子さん家族と行ったらしい。最寄駅の商店街にある町中華に。彼女には、別れた夫との子供が二人いる。サラリーマンの息子さんと看護師の娘さんだ。2人とも既に独立しており、息子さんは結婚されていて三歳になるお子さんもいるらしい。



「ふらっと入ったのよ。北京飯店とは違って、少しお洒落な感じのお店だったけど」


「お洒落な町中華とかあるんだ」


「ジャズなんか流れてたわよ。値段は基準が分からないからあれだけど、高くはないと思う」


「そうなんだ。美味しかったんだろ?」


「うん。あなたが好きな中華丼を食べたんだけど、凄く美味しかったわ」



 何だか複雑な気持ちになった。北京飯店贔屓からくる嫉妬の類いだろうか──。とにかくそこへ食べに行きたいと思った。



「晩ごはんにどうかな?」


「行こうっ! 今はお腹いっぱいだけどね」



 冷えてチーズが固まったピザと、シーザーサラダが丸テーブルの上に残ってある。ピザも大きすぎたのか、食べ切れなかった。



「コーヒーでも入れようか?」


「いいね。ありがとう」



 居間には割とワイドな4Kテレビが置かれている。二人で韓流ドラマを見ていたが、とてつもない睡魔に襲われていた。



「お腹いっぱいで、むちゃくちゃ眠くなってきたよ」


「私もなの。あなたといるとすごく眠くなるの。普段不眠症で悩んでいるのに」



 私といるのがつまらなくて眠くなる訳ではない。実は彼女と全く一緒で、彼女と会うとすごく眠くなる。理由はよく分からないけど、多分安心して眠くなるんだと思っている。



「コーヒー飲んだら寝ましょう」


「ありがとう」


 黒いマグカップが二つ──温泉に行った時に買ったやつだ。もう五年前だが、まだ割れずに使ってくれている。些細な事だけれど、お揃いのマグカップでコーヒーを飲める幸せを感じている。



「相変わらず絶妙の甘さだね。ありがとう」


「インスタントだけど何だか味が違う気がするの。いつもはもっとしっかりインスタントなんだけど」


「しっかりインスタントって凄く分かりやすい。君と飲むから美味しいんだろうね」



 彼女は私の横に座り、肩に寄りかかっている。髪の毛から、シャンプーと彼女の香りが鼻を通った。私はこの香りが大好きで、街で似た香りに遭遇すると発信源を探すほどだ。



 私は壁に掛けられた白い時計を見た。



『2時半か……』




 上海楼というお店の営業時間は知らないが、まだ時間はあるしお腹もいっぱいだ。私は彼女を抱き抱えてベッドに向かった。



「少し寝ようか?」


「うん、そうしましょう」




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