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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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2

 

 とんでもない焼きそばだ──何と、目玉焼きが上に乗っかっていて、それはもう一発でノックアウトなビジュアルである。



「すいません。お好みでどうぞ」


「……。はっはい」



 テツ君が、ガラスの器に入ったマヨネーズを持って来てくれた。いよいよ、本格的に怖くなってきた。この店が怖くて仕方ない。大将もテツ君も、他人の心を読む事の出来る能力者で、常に“リーディング”されているようにすら感じる。



『目玉焼きは反則だろう……』



 これ以上ない焼きそばである。何て事ない目玉焼きだ。何処にでもある目玉焼きだ。何だったら、今朝ハムエッグとトーストを食べたばかりである。それなのに、目玉焼きが上に乗っかっているだけなのに、ただそれだけの事なのに、このテンションの上がり方は異常だ。もう大人も子供も関係ない。とにかく、目玉焼きが乗っかっていればそれは神なのだ。ハンバーグに、ピラフに、ビビンバに、もうとにかく乗せてください。それだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるのだから。



 私は、お箸でマヨネーズを目玉焼きの上に落とした。美味いに決まっている。美味すぎるに決まっている。ひょっとすると、この店に来て一番興奮している気がする。たかが、目玉焼き一つで。



 立ち込める湯気から、ソースとマヨネーズが合わさった香りが五臓六腑を刺激した。私は、半熟状態の黄身を箸で潰して、焼きそばの麺と絡めた。




『美味いっ! 突き抜けた美味さだ!』



 卵の黄身とソースとマヨネーズをたっぷり纏った麺を豪快にすすった。毎度の事だが、熱すぎて上顎を火傷したが、そんなの関係ない。この焼きそばの前では火傷の痛みさえ吹っ飛んでしまう。そして、野菜の量にも驚かされる。キャベツ、ニラ、もやし、にんじんとふんだんに入っている。そして、またしても豚肉の量に天を仰いだ。昔、夜店で食べた焼きそばには豚バラ肉が2切れぐらいしか入っていなかった。良くて3切れだ。ところが、この神焼きそばはどうだ──もう数え切れないほどで、何処からどう見渡しても豚バラ肉を発見できるほどだ。これで650円である。探せば、もっと安い店はあるかもしれない。あるかもしれないが、私はこの北京飯店の焼きそばを超える店はないと断言出来る。いや、世界は広い。日本も意外に広いから撤回しよう。この街のキングは“北京飯店”だ。



 私は焼きそばを目玉焼きの白身で巻いて食べた。目玉焼きの底部分が少しだけ焦げていて、独特の香ばしさが口の中で広がり、続けざまに麺を口の中がいっぱいになるほどすすった。



『これは美味すぎるだろう』



 もやしとこのニラの存在感。ニラは普通のお好み焼き店の焼きそばには入っていない。ましてや、夜店の焼きそばには絶対に入っていないだろう。これから自分で作る時はニラを必ず入れようと誓った。今まで入れなかった事を心の底から悔いている。この北京飯店には教わる事が沢山あって、650円では何だか悪い気がした。



『もう終わりか……』



 あっという間の出来事だった。食べ始めて五分ほどしか経っていない。素敵な時間はあっという間に過ぎ去るものだ。そんな北京飯店に私が出来る事は、お店に足繁く通う事以外ないだろう。それのみだと言っていい。そして心から言わせてもらいたい。



『ご馳走様』と。

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