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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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五目そばとキムチ

 

 今日は朝からバタバタしていた。毎朝5時前に起きているが、15分ほど寝坊してしまった。この15分を取り戻すのに、全てのルーティンを早送りで行う必要がある。失った時間は戻せないが、帳尻を合わせる事は出来る。



 私の仕事は、マンションやハイツの清掃業だ。掃き掃除をしたり、ゴミ置き場にあるゴミの分別の点検、駐輪場に乗り捨てられたような自転車がないかの確認、植栽部の雑草の処理等。誰でも出来る仕事と言ってしまえばそれまでだが、私はこの仕事が好きだ。別に掃除が好きな訳ではないが、完了した後の爽快感がたまらない。入居者様にお礼なんて言われた日には、この仕事をやっていて良かったと心から思える。逆に苦情があった日には、かなり落ち込んでしまう。そんな自分が嫌で、完璧に仕事をこなそうと心がけているが、中には細かい方もいらっしゃり、今日のように、バタバタしている時にかぎってクレームの電話が鳴ったりする。



「今朝、掃除に来てくれたのはわかっていたけど、空き缶が一つ201号室の前にあったわよ」


「すいません。灰皿代わりにされている方もいらっしゃるので」


「共用スペースに置いてちゃダメでしょ?」


「……。はい。直ぐに向かいます。申し訳ありません」



 過去に何度か言われた事がある──当然、空き缶はゴミなので処理をしたら、たまたまその現場を目撃されていたみたいで……。



『それ灰皿なんだよ。そのままにしておいて』



 そう言われてしまうと、なかなか言い返すのは難しくなる。私にとってはゴミでも、その方にとっては灰皿なわけで。だが、クレームが出た場合は処理せざるを得ない。私は急いでその物件に行き、タバコの吸い殻でいっぱいの空き缶を片付けてから北京飯店に向かった。いつもは開店と同時に店に入るが、今日は15分も遅れてしまった。




 この北京飯店には駐車場が一応ある。ちょうどお店の真裏に月極の青空駐車場があり、6、7、8番が北京飯店専用になっている。車止めの後ろに、これまた味のある小さな黄色の看板に、北京飯店お客様用と書かれており、経年劣化でもう何て書いてあるのか、かなり近づかないと分からない状態になっている。



「いらっしゃい!」



 私は入り口付近の丸椅子に腰掛けて、珍しくメニュー表を見た。だいたい、中華丼、五目そば、日替わり定食だが、全メニュー制覇の野望が今朝突然湧き上がってきたのだ。



 私は少し油の匂いが染みついた黄色のメニュー表の裏側を見て驚いた。3年も通っていて知らなかった。こんなにもメニュー豊富だったんだと。



「何しましょ?」



 初めてかもしれない──大将から『何しましょ?』と言われたのは。いつもは迷う事などない。椅子に腰掛けたと同時に注文していた。だが、今日はあまりにも豊富なメニューに迷っているというか、混乱している。



 おにぎり──おにぎりってあのおにぎりしかない。一瞬目を疑ったが、あのおにぎりの事なんだろう。



 キムチ──これは普通に何処でもあるが、値段が100円と書かれている。この令和の時代に100円のものってそんなにない気がする。しかも、税込み価格である。



 牛丼──もう駄目だ。すでに何でも屋になっているじゃないか。この北京飯店で全て堪能できるのではないかと思う。いや、いつまでも大将を待たす訳にはいかない。焦れば焦るほどチョイスできない。



「五目そばとキムチください」


「あいよ」



 結局、テンパってしまい、いつも通りになってしまった。だが、初めてキムチを注文した。迷った挙句、いつもと一緒じゃないかと思われるのが嫌だったのも多少あったが、五目そばとキムチって、実は最高のタッグかもしれない。

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