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「……結構辛いよ。20年以上一緒にいたからさ」
人生の約半分もの時間を共有した事になる。それがある日突然無くなってしまうってどんな感じなんだろうか──。死別した訳ではなく、相手に限界だと言われ、このコロナ禍を一人で過ごしている彼の孤独って一体どれほどのものなのか。
「一緒にいる時にもっと相手を見ておけよ。お前は大丈夫だと思うけどな」
「……」
急に不安になってきた。私はちゃんと向き合い、相手を思いやれているだろうか──。そして、それらは相手に届いていなければ、何もしていない事と同じなのではないのか。
「でも、ちゃんとやれてるかどうか分からないよな。聞く訳にいかないし」
「いや、聞いた方が絶対いいぞ」
「君の事をちゃんと思いやれているかって?」
「そうだ。恥ずかしかったりするけど、俺は今度、いや、ないかもしれないけど、誰かを好きになった時は、思っている事、不安な事は伝えようと思う」
「伝えるか。自分の中で処理してしまってたよ。勝手に解釈してたり」
「相手がそのキャパを超えるとやばい事になるからさ。俺みたいに」
彼の『俺みたいに』という台詞が、重くのしかかってきた。親子でさえ分かり合えない事もあるのに、ましてや、他人である恋人や妻と話し合い抜きで何とかなると思っていた事がそもそも間違いだ。彼には悪いが、今すぐにでも彼女に確認したくなった。
「趣味とかあったか?」
「俺か? 昔はお前とよくテレビゲームとか釣りとかやっていたけど、今は全く」
「結婚する前にさ、ロードバイク買ってなかったか?」
彼はバイクが好きだった。多分、忘れているんだろう。当時、彼女に危ないから心配だと言われて、ロードバイクに変えた事を。
「そうだっ! バイクから自転車に変えてさ、それが凄い気持ち良かったんだよ」
「バイクとはまた違うのか?」
「違うな。バイクのような爽快感はあまり感じなかったけど、何かいいんだよ。上手く言えないけど」
「もうないの?」
「ないな。売ったと思う。残念だわ。凄く乗りたい」
「いいじゃない。もう一度買って乗ってみれば?」
「……」
彼は黙り込んでしまった。簡単に言い過ぎてしまった事を反省したが、一瞬、画面の向こうの彼の目が輝いた気がした。だが、ロードバイクって凄く高そうな感じがする。離婚して、養育費等もいるだろうし、一人で生活しないといけない。彼の収入がいくらかは知らないが、金銭面でそんな余裕はないかもしれない。
「決めたっ! 買うよ。何か俺を救ってくれそうな気がする」
「マジ? 買うのかよ」
「この間、いらない貴金属とかフリマサイトで売ってさ」
「お前、そういやシルバーアクセサリーとか好きだったな。凄く高いブランドの」
「全部で15万ぐらいになってさ。コロナじゃなかったら、お前とキャバに行ってたと思う」
「それは残念無念」
画面の向こうで彼が初めて笑顔を見せた。“ロードバイク”と言うワードを何気に出して良かったと思った。私自身も忘れていた事だったが、何故だかそれが浮かんだ。結果的に、少しでも彼が前向きになれたなら、今日のこのリモート飲み会も意味があった。
「何かこっちの話しばかりで悪いな」
「いやいや、またキャバでも奢れよ」
「了解」
それから、30分ほど話してリモート飲み会が終わった。
とりあえず、彼女に電話して聞いてみようと思う──君を上手く愛せているかどうかを。




