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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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リモート飲み

 

 自宅にて──テーブルの上にタブレットを立てて開始時間を待っている。近くのスーパーで、滅多に飲まない缶ビールニ本と、巻き寿司、春巻きとコロッケを買い、それらを並べて掛け時計の秒針を見ていた。



『時間だ』



 私はタブレット上の“開始”を指でタップした。画面が切り替わり、離婚した友達が手を振っている姿が飛び込んできた。



「すまんな。時間取ってもらって」


「いやいや、大丈夫か?」


「……。まだちょっと」


「……。とっとりあえず、乾杯するか」



 私は缶ビールを開け、画面に向かって乾杯した。実は、このリモート飲みは初めてではない。彼とは初めてだが、何度か彼女とやっている。不思議な感覚は最初だけで、慣れればどうって事はない。



「彼女とはどうだ?」



 離婚した友達を画面越しとはいえ、目の前にして言いにくい。順調に続いているが、ここは少し濁した感じで応える方が良い気がした。



「……。普通かな。可もなく不可もなくって感じだよ」


「そっそうか。でも、そういう距離感が一番良いかもしれないな」



 彼はそう言うと、缶ビールを一気に飲み干して右手でそれを潰していた。画面の向こうの彼から、哀愁が漂っている。このコロナ禍、協力して乗り越えなければいけないのに、何故離婚したんだろうか──。



「おっ! 何か美味そうなもの見えるぞ」


「巻き寿司だよ。スーパーで買ったやつだ」


「美味そうじゃん」


「そっちは何?」


「こっちは食欲ないからマグロのフレーク」



 彼は、まだ開けていない缶詰を手に持って見せている。なんだかとてもやりきれない気持ちになった。



「でも、お前の巻き寿司見て食べたくなった。ここ最近、まともに食ってないからさ」



 確かに彼は、この間会った時よりも痩せているように感じた。いや、やつれたと言った方がいいのか──。



「とりあえず、何か胃に入れて飲めよ。身体壊すぞ」


「そうだな。身体壊しても誰も面倒見てくれないしな」



 離婚とはそういうものなんだろうか──愛し合って結婚したのに、離婚すれば、後はどうなろうと知ったこっちゃない感じなのか。だとすれば、愛し合った時間って一体何だったんだろうか──。



「原因ってあるのか? 話し合いはしたんだろ?」


「したよ。何度も。だけど、もう決めたって言われてさ」



 私も缶ビールを一気に飲み干した。喉が渇いていたわけじゃない。今の彼を自分に置き換えて考えてみたら、とてつもない孤独感に襲われて、飲まずにはいられなくなった。



「……俺が悪いよ」



 彼はそう言うと、離婚の原因や自分自身のこれまでについて話し始めた。



「……。胸が痛いわ」


「甘えてただけだったよ。妻は、俺の母さんじゃないからな」



 家庭の事は全て任せていたらしい。子供の事についても一緒に悩み、一緒に考えたかったと。家族でいるのに、凄く孤独で不安だったと言われたらしい。



「もっと、思いやればよかったよ」


「そうか。でも、お前は浮気もしないし、優しいじゃないか」


「だから、最初に訳を聞いた時にふざけるなって思ったよ。思ったけどさ……」



 彼は今時の男ではない。職人気質で、言うなれば、昭和の男といった感じだ。男の私からすれば、曲がった事が嫌いで、思いやりがある奴だと思っていたが、あくまでも友達としてであって、夫として、父親としては足りなかったという事なんだろうか──。結婚をしたこともなく、ましてや父親になった事のない私の思考を大きく超えてしまっていて、月並みな事すら言えなくなっていた。

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