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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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具沢山中華丼

 

「はいよっ! 中華丼」


 待つ事5分──私の目の前に中華丼が置かれた。浅い薄緑の丼に、溢れんばかりの具が餡をまとって盛られている。見るからに熱そうであるが、立ち込める胡麻油の香りが空腹の胃袋を刺激した。



 この北京飯店の中華丼は税込700円。町中華の値段としては、ごくごく一般的な価格だろうか──。有名チェーン店ならもっと安いだろうが、ここまで具沢山ではない。白菜、人参、筍、キクラゲ、ブロッコリー、そして、これでもかと言わんばかりに入っている豚バラ肉の薄切り。この惜しげもなく豚バラ肉を入れるところに大将の心意気を感じる。



 私は丼と同じ色のレンゲを持ち、熱々のそれを口に運んだ。



『うっ美味い!』



 思わず心の声が漏れてしまうほどの美味さだ。昨日も食べたが、変わらない感動が私を包む。とてつもなく熱いが、レンゲを止められない。



 この中華丼のもう一つの特徴は、最後にとき卵でコーティングされており、餡の熱でそれが半熟になっている。そこをご飯に絡めて食べると、もう天にも昇る美味しさなのだ。



「はい、……飯店です。はい、はい、分かりました。12時前ですね。分かりました」



 いつも思っていた事がある──出前の注文の際、ちゃんと北京飯店と聞こえたためしがない。実は、ネイティブな英語のように、言っているが聞こえない的な事なんだろうか。だが、『北京飯店』とは絶対に聞こえない。百歩譲って、『キハンテン』だ。いや、どうしても『ハンテン』としか聞こえない。だから、電話が鳴るとついついレンゲを止めてしまう。



「はい、……飯店です。はい、三上のおばあちゃん、はい、ラーメンライスね」



 やはり、弟子の口元をずっと見ていたが、『北京飯店』とは言っていない。どうでもいい事だが、いつか直接聞いてみたいと思っている。何せ通い始めて3年は経つのに、まだ大将にも、弟子にも話しかけられた事はないのだから。



「はい、テンテンです。はいよ! ニラ玉と麻婆丼ね。ちょっと時間もらうよ」



 初めて大将が出前の応対をしている所を見た。このコロナ禍、出前でてんてこ舞いなんだろう。



 しかし、『テンテン』とかどうなってんだ──。弟子より酷いではないか。パンダじゃないんだから。実は、私の耳がおかしいのではないかとさえ思い始めている。



「大将、そろそろ今流行りのデリバリー代行サービス考えませんか?」


「……。難しい事は分からん」


「店に集中出来るじゃないですか」


「いやいや、分からん事はしない』


 確かに弟子の言う通りではある。私が来店して数十分しか経っていないのに、4回は電話が鳴った。いつも、弟子が配達に行っているから、彼の負担も考えるとそうすべきだと思うが──。



「はい、飯店です。はい、はい、餃子2人前と炒飯ね。まいどです」



 電話はひっきりなしに鳴るが、全く客は来ない。まだ11時20分だからかもしれないが。



 ネットニュース等で、飲食店が壊滅的状況だとよく目にする。この北京飯店が潰れてしまったら、泣いてしまうかもしれない。私はそんな事を思いながら中華丼を完食した。



「すいません。お会計」


「はいよ。700円です」



 私は使い古した黒の長財布から千円を取り出して、目の前にいる大将に渡した。



「はいよ。300円ね。ありがとうございました」



『デリバリー良い案だと思います』と言おうとしたが、寸前で止めた。余計なお世話だと思ったし、彼等とたわいない会話さえ交わした事もない。私に出来る事は、この店に足を運ぶ事──ただそれだけだ。



 明日も中華丼にしようか、それとも、五目そばにしようか──。



 大好きな中華丼ではあるが、気になる事が一つある。



 それは、うずら卵が入っていない事である。ひょっとして、とき卵がその代わりなのかもしれない。


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