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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
19/88

壊れている唐揚げ定食のコスパ

 

 世間はゴールデンウイークに入っている。私の仕事は、土日は休みだが祝日は出勤である。したがって火曜日である今日は問答無用で仕事なのだ。



 休日は道がそんなに混んでいないから、車を使って移動する私の仕事としてはかなり有り難い。いつもよりスムーズに現場に到着して業務を行える。私は午前中のノルマを早々にクリアして、今日も北京飯店に向かった。



「いらっしゃい!」



 午前11時──いつもの席に腰を下ろして、何を注文するのか決まっているのに、また敢えてメニュー表を見た。



「何しましょう?」



 弟子のテツ君が四角い氷がパンパンに入ったお水を持って来てくれた。



「唐揚げ定食で」


「はいよ。唐揚げ定食です」


「はいよ!」



 大将とテツ君の掛け合いが心地よい──まだ一言も世間話をした事はないが、それもどうでもいい話だ。お店に来て美味いごはんを食べて帰る、それが目的な訳で彼らと楽しく会話をする為に来ている訳ではないのだから。いや、本当は常連扱いというか、気軽に話しかけて欲しいのだが、こればかりは自分からお願いする訳にはいかない。



 最近、この注文してから出来上がるまでの時間が好きだ。次に何を食べるかメニュー表をチェックする時間が癖になってきている。そして、また気になるメニューを発見した。『鶏の辛子炒め』である。酢豚や八宝菜のように、頭に全貌が浮かんで来ない。辛子というのがよく分からない。いや、分からない事もないが、唐辛子なのか、マスタードとか和辛しの方なのか、あるいは、全く知らない何かなのか。



 メニュー表を置き、私は久々に高校の頃の友達にメッセージを送った。彼とは、去年地元で呑んで以来だから、半年前ぐらいか。



『久々だな。コロナは大丈夫か?』



 直ぐに返事が来た。彼は植木屋の息子で、今は三代目として頑張っている。



『大丈夫だけど、大丈夫ではない』


『どういう事?』



 意味深な文面に少し緊張した。スムーズにやりとりをしていたが、ニ分ほど間があった。



『……離婚した』



 メニュー表をまた見ていたが、彼の返信を見て直ぐに折り返した。



『マジか?』


『マジだ。実は連絡しようと思ってたんだ』



 最後に会った時はそんな話しをしていなかったから驚いた。彼は20代の前半で結婚した。大学時代に付き合っていた彼女で、当時も何度か会った事があった。結婚してからも、本当に数えるほどだが、新居に遊びに行った事もある。私は、自分の事ではないのに何故か胸が締め付けられた。



『子供は?』


『向こう。……仕方ない』



 中学生の子供が二人いる。二人とも女の子で、去年会った時も毛嫌いされていると話していた。



『大丈夫じゃないよな』


『飲みに行きたいけど、こんな世の中だろ』


『確かに。オンラインで話すか?』


『いいね。今夜どうだ?』



 私からオンライン飲み会を提案したら、いきなり今日と言ってきた。よほど堪えているんだろうなと思った。



『分かった。夜の八時でどうだ?』


『分かった』


『頑張れよ』


『お前もな』



 男同士のやり取りだからこんなものである。そっけない文面から、寂しさが滲み出ていた気がする。本当は飲みに行って励ましてやりたいが、それもなかなか難しい。早く会いたい人に気軽の会える世の中に戻って欲しいと心の奥底から思った。




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