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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
17/88

関東の天津飯、関西の天津飯

 

 今日は朝からクレーム処理に追われて通常業務がスムーズに行えなかったが、ひと段落ついたので愛しの北京飯店に来た。いつもより30分ほど遅い到着。店の中にはまだお客さんはいないが、出前の電話が鳴り止まない状況だ。11時半を過ぎると、極端に出前の電話が増えるように感じる。いつもは、開店と同時だから、そこまでではないけど、お昼時になるにつれて出前の応対で二人とも忙しそうだ。



 今日は天津飯と決めている。先週、常連さんが注文していたのを見て食べたいと思っていた。決まっているけど、一応メニュー表から天津飯を探した。



『天津飯700円か。ん? 何だ?』



 甘酢餡と醤油餡と表記されていた。どちらも700円である。私は、甘酢餡以外の天津飯を食べた事がない。ほんのりケチャップ風味で、とても美味しい天津飯。2、3粒グリンピースが乗っかっている天津飯。それ以外は生まれてこの方食べた事はない。



 私は迷っている。天津飯と決めているが迷っている。それもかなり深く。中学生のとき、家の近くの男子校を受験するか、少し遠いが共学校を受験するか、あの時と同じぐらい迷っていると言えば大袈裟か。あの時は、両親と色々と話し合って男子校に決めたが、今は一人で決断しなければいけない。食べ慣れた甘酢餡にするのか、未知の領域である醤油餡にするのか──。



『この醤油餡ってなんでしょう?』



 気さくに聞けるぐらいこの店に通っているが、話しかける事が出来ない。2人とも忙しそうだし、手を止めるのもどうかと思う。いや、仮に暇そうにしていても聞く事はできないだろう。



 私はスマホで“醤油餡”と検索した。



『関西風?』



 検索した結果、関西では比較的ポピュラーらしい。関東でもあるにはあるが少数との事。出汁の効いた醤油ベースの餡と書かれているが、ピンと来ない。おでんとかうどんとかの出汁を餡にするのか、想像つきそうでつかない。もともと、保守派の私としては関東風を注文したいが、折角選べるんだから、食べた事のない方を注文する方がいいに決まっている。いや、決まってはいないか──。



「すいません、注文いいですか?」


「はいよ。何しましょう?」


「てっ、天津飯の醤油餡で」


「はいよ」



 最後の最後まで迷ったが、勢いで醤油餡を注文した。仮に彼女と来ていたら、彼女は迷わず醤油餡を注文していただろう。そして、私は保守派らしく関東風。でも、凄く気になるから、彼女に味見をさせてもらって、そこで後悔するんだろうなと。冒険しておけばよかったと。



「はいよ。前川さん、炒飯と餃子ね。はい、30分以内に」



 テツ君が電話で応対していた。以前、出前の委託サービスの事を大将に相談していたが、却下されていた。確かに新しい事を取り入れたり、挑戦する事って得体が知れないし、余計なストレスがかかる。でも、一歩踏み出せば、新たな世界が広がっていくのも確かな事で。偉そうに思っているが、自分がもしも大将の立場なら、なんだか面倒で二の足を踏んでいるんだろうなと思った。テツ君の労力が軽減され、その分、お店での対応に回せるが、お昼時の一番混みそうな時間に来た事がないから、実際どんな具合かは知らない。間違いなく、コロナ禍で来店する人は以前に比べて減ってはいるだろうが。



「はいよ。天津飯」



 二段になっているL字テーブルの上段に天津飯が置かれた。湯気が立ち上る。私は間違いなく熱々であろう丼鉢を両手で持ち、下段に置いた。ほんの一瞬だったが、手放したくなるほど熱かった。



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