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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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2

 

 常連さんを見かけると、何だか嬉しい気持ちになる。少なくとも、味覚という部分においては同じ価値観であるだろうから。たまたまご近所でも、味が美味しくないと来ないだろうし、居心地が良くないとリピーターにはならないはずだから。



「誰か良い人いない?」


「一人でやれるだろう? まだまだ若いんだし、経費削減だよ。人件費が一番高いんだから」


「あら、大将に歳の事話したっけ?」


「いや、40ぐらいだろう?」


「あら、嬉しい。私、来月50よ」



 持っていたスマホを落としそうになった。流石に50歳には見えない。満額のお世辞で、38歳ぐらいか──。初めて彼女を見かけた時から、何処か懐かしい香りを感じていた。彼女の香水の残り香が、遠い日に見たある風景へと誘う。あれは幼稚園ぐらいの時か。母に連れらて行ったデパートの屋上。フライドポテトが食べたくて駄々を捏ねたあの時、母の首筋から同じ香りがした。私は彼女に会うと必ずあの頃の事を思い出す。



「はいよ! 酢豚とライスね」



 思い出にふけっていると、初対面の酢豚が目の前に置かれた。大きな丸皿に、『これでもか!』と言わんばかりに盛られている。人参、ピーマン、筍、玉ねぎ、サイコロ大ぐらいの豚肉、そして、何とパイナップル。かなりの量が入っているように見える。豚肉は、片栗粉をまぶして揚げられており、甘酸っぱい香りが漂う餡に絡んで、それはまるで宝石箱のようだと表現するにはちょっと大袈裟かもしれない。



『いただきます』



 心の中で呟いた。年を追うごとに全ての事に感謝する事が出来るようになった。こんな風に美味しいものを食べられるのも健康であるからこそ。そして、ちゃんと仕事があって、大変なご時世だけれど、頑張って店を切り盛りしている大将とテツ君がいるからこそ。とにかく感謝。とにかくいただきますである。



『美味い! 美味すぎる!」



 私は豚肉から食べた。子供のようじゃないかと笑われてもいい。とにかく、この酢豚を見て、豚肉からいかない奴を逆に見てみたいぐらいだ。噛むほどに豚肉の旨味と、甘酢餡の酸味が口の中で融合されて、たまらなく美味い。白いご飯をかきこみたくなる気持ちを抑えて、私はパイナップルを口に入れた。



「ん? パイナップルじゃないっ! これは黄色のパプリカだ」



 緑のピーマンとはまた違った独特の甘味が口の中で広がる。パイナップルと思って口に入れたから少々拍子抜けではあるが、これはこれで美味い。全体のバランス的に黄色が多いなとは感じた。確かにパイナップルも入っている。そして、パイナップルと思っていたものが実はパプリカであった。パプリカとパイナップルを見間違う事などほとんどないかと思うが、先入観とは恐ろしいものだ。



 私は気を取り直して、今度こそ間違いなくパイナップルを口の中に放り込んだ。



「美味い!」



 口の中が爽やかな酸味と甘味で、油っぽさをリセットしてくれるような気がする。私は、ピーマンの上に豚肉を乗せて食べた。そして、白いご飯を口いっぱいになるほどかき込んだ。



 何も言う事はない。四天王の一角であるこの酢豚──美味すぎるし、豚肉の量が半端ない。数えた結果、10個入っていた。大きさもケチった感じではなく、ご立派なものだ。毎回思っているのだが、採算は取れているのか不安になる。



「はいよ。天津飯の小盛りね」


「ありがとう」



 彼女はいつも天津飯の小盛りを注文している。この店のボリュームを考えても、女性には少し、いや、かなり多いから無理もない。私は横目で天津飯を見つめた。一瞬、彼女と目が合ったがすぐに逸らした。



 天津飯も相当美味そうだ。四天王制覇と思っていたが、次回は天津飯に決めた。もちろん、小盛りではなく、レギュラーサイズで。

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