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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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酢豚のパイナップルについて

 

 桜の花びらも全て散って、鮮やかな緑が清々しい。仕事をしていると、少し汗ばむぐらいの気候になった。私は、どちらかと言うと寒い方が好きだ。私の彼女は逆で、夏が大好きらしい。理由を聞いてみたら、自分が夏に生まれたからだそうだ。彼女の好きな季節だから好きになろうと努力したが無理だった。とにかく、汗をかく事が好きではない。ギラギラ太陽も好きではない。熱帯夜とかもう地獄だ。彼女には申し訳ないが、私は何処か切ない秋が1番好きだ。ちなみに、生まれは春。



「いらっしゃい!」



 いつものように、11時ジャストに北京飯店に来た。アクリル板が新しくなっているのに気づいたが、大将にその事を言うほどの関係ではない。未だに一言も世間話を交わした事がない状態継続中。



「何しましょ?」



 弟子のテツ君がお水を持ってきてくれた。



「……」


「決まったら声掛けてください」


「……はい」



 そろそろ、中華丼が恋しくなってきた。全メニュー制覇の目標を掲げた為、注文した事のないメニューを無理矢理選ばないといけない縛りに少々疲れ気味だ。飯を注文するだけなのに疲れるってどういう状態だと突っ込みたくなったが、とりあえず小さな目標だけど達成したいと思う。



「すいません」


「はいよ」


「酢豚とライス」


「はいよ」



 酢豚定食にしようと思ったが、シンプルに酢豚だけを味わいたい気分だった。



 町中華の四天王“酢豚”──まだ一度も食べていなかった。私の中の四天王は、この酢豚、八宝菜、鶏の唐揚げ、エビチリだ。どれもまだ食べた事はない。3年も通っているのに、改めて偏った男である事を再確認する羽目になった。



「大将ちょっと聞いてよ」


「いらっしゃい!」



 知った顔がお店に入ってきた。感染症対策の為、入り口、窓等が開いた状態なので気付かなかった。



「またお店の娘が辞めたのよ。お決まりの音信不通」


「なかなか定着しないね」


「頭にきちゃう。結構良くしたつもりなのよ」



 彼女もこの北京飯店の常連さんだ。もちろん、一言も話した事はないがよく知っている。別に盗み聞きをしている訳ではないが、声が通るというか、音量が大きいから嫌でも耳に入ってくるのだ。駅前でスナックを経営しているそうで、昼は喫茶店、夜はスナック営業とフル回転で働いているみたいだ。このコロナ禍で、色々と規制がかかっている業務である。詳しい事は分からないが、ネットニュース等で大変な状況にある事ぐらいは知っている。



「昼のバイトだろ? 時短だしな」


「夜は休業中よ。今は仕方ないわ」



 彼女は一番奥の席に座った。私と最も遠い場所だ。座るなり、お水をがぶ飲みしていた。歳の頃は私と同じぐらいか、少し上だろうか。長い茶髪にケバケバしい化粧、白いパーカーは、胸元にブランドのロゴが大きく主張されているタイプのもので、黒いスキニーパンツを履いている。



「お昼もランチしようかしら。今、モーニングだけじゃない?」


「お昼も厳しいぜ」


「あら、北京は出前フル回転でしょ?」


「おかげさまで。夜はきっちり八時で閉めてるよ」


「またモーニング食べに来てよ。この間、テツ君家族が来てくれたのよ」



 丁度、テツ君が注文を聞きに行ったタイミングだったので、凄く照れ臭そうにしていた。



「お前さ、俺も誘えよ」


「いやいや、大将をモーニング誘う弟子とかいませんって」



 確かにそうだ。ごもっともである。しかし、この師弟関係がちょっと羨ましいと思っていた。普通に生きていて、そんな関係性は滅多にないからだ。



「何する?」


「いつもの」


「はいよ」



『いつもの』──私の憧れの台詞を、いとも簡単に言った彼女に薄く嫉妬した。


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