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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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2

 

 私は小さな不安を拭い去る事が出来ず、大将が調理している所を食い入るように見ていた。



「ケチャップ出してあるか?」


「はい」



 弟子のテツ君が大将の手元までケチャップを持って来た。



「出前の餃子は?」


「4人前です。田中さん所です」


「餃子券入れとけよ。サービスで」


「はいよ」



 餃子券──メニュー表の下に書かれている。1500円以上の支払いで、餃子のタダ件をもらえる。私はまだ一度ももらった事はない。この間、彼女とここに来たが1500円以内で納ってしまった為、タダ券はもらえなかった。この先ももらう事はないだろう。何故なら、その半分ぐらいのお会計でお腹一杯になってしまうからだ。



「あと、ウスターソース出しておけ」


「はい。横に置いてあります」



 大将は中華鍋で具材とご飯を炒めている。そして、ケチャップとひと回し程度のウスターソースをかけていた。私は胸を撫で下ろした。まさに、求めていた最高のオムライスだ。私自身もオムライスを作ったりするが、美味かった試しがない。ケチャップの酸味がキツすぎたり、最後の卵がぐちゃぐちゃになったりと、成功した記憶が一度もない。私が飲食店で1番凄いなと思うのは、安定して同じ味を提供する再現性だ。人間がやる事だから、多少の誤差はあると思うが、なかなか家庭ではそれは難しい。まさにプロだ。



「今回は四名の方にこの名物草団子をお送りします」



 テレビのプレゼントコーナー、五名にすればいいのにと思った。何故、不吉な数字にするのか意味が分からない。番組の制作費の関係かもしれないが。私はこう言ったものに応募した事がない。当然だが当たった事もない。そう言えば、年末ジャンボもかすりもしなかった事を思い出した。当選番号の発表までは途方もない夢を描くが、現実はそんなに甘くはない。私が外車に乗り、一軒家を購入する事はこの先もないだろう。ないだろうが、また今年の年末に夢を買うつもりだ。



「はいよ! オムライスね」


「えっ?」



 私は思わず声に出してしまった。あまりにものインパクトに声を出さずにはいられなかった。大将に聞こえたかもしれないが、使った中華鍋を専用のブラシのようなもので洗っている。



『これが北京飯店のオムライスなんだ……』



 ラグビーボールの形をしたそれの上に、”北京“とケチャップで書かれてあった。



 何故だ──何故ここで変化球をぶち込んでくるんだろうか。しかも、消える魔球クラスの変化球ではないか。そこ以外はパーフェクトである。大きさもバカデカくなく、卵の硬さも見た感じでは好みのものだ。そして、横に福神漬けが添えらている。これはこれで良い。ケチャップの件も、文字だからって味が変わる訳ではない。私は、銀のスプーンに巻かれた紙ナプキンを取り、“北京”の文字を満遍なく伸ばした。そして、大胆にスプーンを突き刺して掬い上げた。




『美味いっ!」



 ほのかに香るバターと、焼けたケチャップが最高のバランスだ。具材はシンプルに玉ねぎとロースハム、そしてマッシュルームというお手本のようなオムライス。玉ねぎは半月切りで、少し大きめではあるが、そこがまたいい。家で作る時は微塵切りにしていたが、これの方が食べごたえがあって良い。



 そして、福神漬けを口の中に入れた。何とも言えない甘味と食感。小売されていないか大将に聞きたいぐらい美味い。まさかとは思うが手作りなのか──もしそうなら、仕込みだけでどれだけの時間を費やしているんだろう。流石北京飯店だ。そしてこのオムライスは見た目通り、卵の硬さといい、米と具材のバランスといい、全てがドストライクだ。ケチャップで書かれた“北京”以外は。




 あっという間に食べ尽くし、北京飯店を後にした。オムライスは難しいから、チキンライスを作ってみる事にした。玉ねぎは半月切りで。






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