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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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3

 

 そして、タコと胡瓜の酢の物だ。この甘酸っぱさが、脂っこくなった口の中を一旦リセットしてくれる。タコもかなり大きくぶつ切りにされていて、食べごたえがあり、胡瓜のポリポリという食感がもうたまらない一品。たまに家で作るが、もちろんこんなに美味しく作れた事はない。何だったら、タコの代わりに竹輪を使ったりしている。



 そして、もう一度ニラ豚を食べて、白飯をかき込む。そして、スープで流す。これを何度か繰り返す。あと、忘れてはいけないのがマカロニサラダだ。マカロニサラダも凄く個性が出る。私の好みは、とにかくマヨネーズでベチャベチャになっている事。マカロニ以外の具材に大してこだわりはない。北京飯店のマカロニサラダは、スライスされた玉ねぎ、銀杏切りの人参、あと、細かく切られたロースハムと、何とシーチキンだ。これらを、大量のマヨネーズと胡椒、そして少し和がらしをアクセントとして使っている。この和がらしがまた良い。マカロニサラダ全体の味を締めてくれている。



「ごちそうさまでした」


「ごちそうさま」



 日替わり定食に夢中になりすぎていて、全く周りが見えていなかった。どうやら、女子のお帰りだ。お会計を済まして、店の外へ出ていった。彼女達が食べたラーメン鉢やお皿は綺麗に食べ尽くされていた。ラーメンの汁も一滴も残さずに。



「また来てね」


「ありがとうございました」



 大将は『また来てね』と言いながら、数々の神料理を生み出すその黄金の右腕を高らかと挙げて、大きく左右にふっていた。私は思わず吹き出しそうになった。



 マカロニサラダの続きだが、マカロニの穴にシーチキンが埋められている。長さは5センチぐらいだろうか。全てのマカロニに、マヨネーズで和えられたシーチキンが入っている。何とも手間のかかる作業だろうが、大将の心意気というか、料理への深い愛情を感じる。シーチキンがあまり好きではない方にはごめんなさいだが、私はここのマカロニサラダのパンチ力が身体に染み込んでいて、他所のマカロニサラダを食べると、もっと殴ってくれと、自分から頬を突き出すほどに飢えてしまう。完全に北京依存ではあるが、問題はすぐに解決出来る。パンチが欲しければ、ここに来ればいいだけの話しだ。



 そして、最後に忘れていた訳ではないが、塩昆布だ。プレートの色と同化していて存在を忘れがちになるが、確かにある。艶々の正方形のそれは、ニスでも塗ってコーティングしているのかと言わんばかりだ。口の中に含むと、海の香りと濃い醤油風味が混ざって、白飯をフルスロットルで掻き込みたくなる。いや、もうすでにそうしている。



「テツ、鼻の下伸びてたぞ。気をつけろ」


「大将こそ、いつもの3割増しで中華鍋ふってましたよ」


「馬鹿言え。あんな小娘達、何とも思わん」



 私は、日替わり定食を平らげて、汗をかいたコップの水を飲み干した。何ともほっこりするやりとりだ。一つ言わせてもらえば、どっちもどっちだったが。



「また来ますかね?」


「テツ、お客様は平等にだぞ」


「はいよ!」



 私は、大きく頷いた。まだ一度も話し掛けられてはいない件は、どう説明されるんだろうか。しつこいようだが、かれこれ3年は通っている。一度くらいは話し掛けて欲しいものだ。例えば、お会計の後に、『いつもどうも』とか、『またのご来店を』でもいいから。



「すいません。お会計」


「はいよ。750円です」


「丁度頂きます。ありがとうございました」



 今日も話し掛けられてはもらえなかった。話したいなら、自分から声を掛ければいいだけなんだけど、どうも気が引ける。また次に期待しよう。



 まだ少し時間がある。彼女にそのトンボ君だかなんだか分からないけど、買いに行ってみようと思う。神社だけに、御守りかなんかだろうか──。

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