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嗚呼、愛しの北京飯店  作者: 稲田心楽
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本日の日替わり定食

 

 いつもの時間、午前11時ジャスト──妙な緊張感に包まれている。それは何故かというと、一番乗りかと思っていたら先客がいたから。それはたまにあるんだけれど、今日は少し違う。北京飯店には大変失礼だが、似つかわしくないお客様2人。



「これ凄い可愛くない?」


「うんうん。これなんて花柄超可愛い!」



 女子大生風の女の子が調味料の瓶を持って、スマホで写真を撮っている。まさかとは思うが、それをSNS等にアップするというのか──。



「やばいよね。ほんとやばい」


「最高だよね」



 何がやばくて、何が最高なのかさっぱり分からない。最近、『映える』とかあまり耳にしなくなったが、仮にそれをアップしたとして、果たして“いいね”を頂けるのだろうか。ただ、若い女性がいるだけで、いつもの北京飯店が少しだけお洒落に見える。多分、気のせいだろうが。



「何しましょ?」



 弟子のテツ君がお水を持って注文を聞きに来た。



「今日の日替わりは?」


「今日は、ニラ豚す」


「それください」


「日替わりです」


「はいよ」



 壁のホワイトボードにはまだ何も書かれていない。そこに本日の日替わりの内容を書き込んでいるのだが、書く前に来店するから直接聞いているのだ。好みではなかったら、中華丼や、五目そばを頼んでいる。



 この日替わり定食、たまにぶっ飛んでいる。内容ではなく、値段設定だ。



 例えば、チャンポン、餃子、ご飯で750円。



 一品ごとの値段は、チャンポン750円、餃子220円、ご飯200円、合計1170円税込。



 ある日の日替わり定食では、中華丼700円、ワンタン400円、合計1100円税込。



 日替わり定食は750円だ。飲食系で働いた事は学生時代にあるが、経営等はもちろんした事がない。夕方の情報番組で、サービス定食などを行う理由を、お店の店長らしき人が話しているのを見た事があるがピンと来なかった。



『夜も来て欲しいから、お安く提供させて頂いております』



 割高になるのに来るものだろうか──北京飯店が家の近所なら間違いなく通っているが、それは、味が好きだし、雰囲気がたまらないからであって、サービス定食を食べて夜も行ってみようとは私自身はならない。だが、その戦略で来る人もいるだろうから、サービス定食なるものが存在するんだろう。他にも理由はあるかもしれないが、大将に直接聞いた方が早いだろう。まだ一度も話し掛けられてはいないが。



「すいません。紅茶あります?」



 ある訳がない。ここは昭和の時代から営業している町中華だ。



「おい、前の自販機で紅茶買ってこいよ」


「はいよ。お姉さん、レモン?」


「はい。ごめんなさい」



 私は天を仰いだ。大将も弟子のテツ君も完全にやられているではないか──。大将などは、鼻の下が伸びきっている。今までそんなニヤついた顔を一度も見た事がない。無理もない事だ。今時の可愛らしい女の子が2人、スマホを持ちながら大将の真前に座っているのだから。



「ここって、何でもあるのかな?」


「あるんじゃない? パンケーキとかも」



『いや、ある訳ないだろ』とツッコミたくなったが、今の大将ならパンケーキを作りかねない。弟子のテツ君に、猛ダッシュでホットケーキミックスを買いに行かせるだろう。



「買ってきました」



 20秒ぐらいでテツ君が帰ってきた。紅茶の缶を二つ手にして。

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