第5話 「天使」襲来
玄関の前で伊豆南が伊豆南と対峙する相手、それは一匹の黒猫だった。
「やっぱりこの猫ちゃんでしたか……」
南は独り呟いた。
彼女の教え子である立が「メル」と呼んでよく世話している黒猫、それは今尋常ではないオーラを放ちながら南のいる方へとゆっくりと歩み寄って来ている。
南は大幣を両手で持って構えると
「黄泉より照らす月影よ、我が心魂穢と化すとも堅牢なる加護を与えん」
と、静かに術式を詠唱した。
日本の神道式の詠唱方式だが、その中身は一般的なそれと一線を画する
神道式の術式は太陽神天照大神を依代とする術式であり、神酒などの理にかなった供仏さえ用意すれば術者に害を与えることはない。
だが南が使用しているのは死者の国である月の神月読を依代とする術式、行使する度に術者の魂を蝕んでゆく。
「うぅッ……」
南が微かに呻く。
胸に巻いたサラシが術式の負荷を軽減しているとは言え、南の小さな体にかかるダメージは甚大なものだ。
南の周囲にもオーラが形成されていく。
それは黒猫のものよりも黒い、「闇」と呼べるような代物だ。
刹那、鋭い刃の一閃が南に襲いかかる。
だが南を覆う「闇」がそれを弾いた。
明らかに神の力である霊力を帯びた一撃である普通の人間であればどのような鎧を纏っていても即死していただろう。
「チッ、仕留めそこねたニャ」
黒猫、否、先程まで黒猫だったものが舌打ちをする。
そこには一人の少女の姿があった。
踊り子のように臍と太腿を露出した衣装をしており、頭のネコミミと尻の尻尾がそれが人ならざる存在であることを物語っている。
もっとも特筆すべきはその手に握られている巨大な武器だ。
長い柄に槍と斧の複合型のような穂先を持つ、所謂ハルバードと呼ばれるものである。
「あなたはマレクの眷属ですよね〜、それも天使クラスの〜」
南はこの状況でもいつもの口調を崩さずに言った。
「そうニャ。アタシは至高の神マレクに仕える天使、メリルだニャ!」
メリルと名乗った少女はハルバードの穂先を南に向けながら返した。
「それにしてもよく襲撃されるのが分かったニャ」
「最近強力な霊力が付近で観測されましたからね〜、それを追跡してただけですよ〜?」
南が挑発するように答えた。
この間にも南は次の攻撃に備えて「闇」を補充している。
この天使―メリルが無駄話を続けてくれればくれる程、南の勝機が高まる。
「彼」さえ来てくれれば、私の勝ちですよ。
彼が本当に選ばれた存在ならば…
南は密かに思った。
「まあお前はここでくたばるんだから関係ないニャア!」
南の思いも虚しく、メリルは両腕でハルバードを抱えて南に向けて刺突した。
南は補充していた「闇」で難なく弾いた。
「ふん、中々やるにゃ。なら、これでどうニャ!」
メリルは刺突から斬撃へと手段を切り替え、右に左に連続で斬撃を加えていく。
斬撃と刺突のコンビネーション、それこそが槍と斧両方の性質を持つハルバードの真骨頂だ。
南は「闇」を使用してなんとか凌いでいるが、このままではジリ貧だ。
「オラオラオラオラァ!手も足も出ないのかニャア?」
メリルは無我夢中で斬撃を振るい続けている。
興奮する余り、注意が散漫になっているようにも見える。
今だ!
南は一瞬「闇」を解除した。
「ンニャア!?」
メリル勢い余ってバランスを崩しそうになる。
その隙に南はバックステップで間合いをとり、そこで「闇」を再装填すると、メリルに向けてその闇を勢いよく放った。
「ニ゛ャァァァァ!」
メリルは「闇」にまとわりつかれて苦しそうに藻掻いている。
「今の内に絞めあげてやるですよ!」
南はありったけの「闇」を補充してメリルへと放ち続けている。
このままのペースでいけば、時期にメリルは力尽きるだろう。
南は自身の勝利を確信し、メリルは敗北を悟っていた。
だが、不意に南の体から力が抜けた。
負荷の大きい月読の術式をふるぱわーで使い続けたことで、南の身体が限界を迎えたのだ。
南は気を失ってその場に倒れ込んでしまう。
「た、助かったニャア……」
ゼエゼエと荒い息を吐きながら、メリルは胸をなでおろした。
「散々手こずらせてくれニャがって……、でもこれでもうお前ともおさらばだニャ!」
メリルは、気を失っている南の首筋に向けてハルバードを振り上げた。