第4話 オルタの闇②
プロットとか色々と書き直した関係で、あらすじも一部変更しました。ご了承ください。
1
大学に帰り着いた俺は構内のフードコートに来ていた。
オルタ随一のマンモス大学だということもあって、この大学には小さなショッピングモールまで併設されている。
そんなに大規模なものではないが、モール内のフードコートには10近い店が並んでおり、中には日本でも馴染みの深いマックやケンタなどもある。
俺はフードコートの4人がけのテーブル席に一人で座り、平たいパンの上に薄切りの牛肉を載せ、そこに溶かしバターをかけた料理を食べている。
しつこい味だが結構イケる。
毎日食べたいかというとそうでもないが…、胸焼けしそうだし。
伊豆先生との待ち合わせの午後3時まではまだ1時間以上猶予がある。
ゆっくり食べても全然余裕そうだ。
なので周りの席の学生達の会話に耳をそばだてながら食べている。
「…憲兵……一斉検挙…始まる……」
「今日も…教団……抗議…鎮圧…」
まだオルタ語に全然慣れていないこともあって、ゆっくりとなおかつはっきりと喋ってくれるケレベならまだしも、普通のオルタ語の会話は断片しか聞き取ることができない。
それでもなんとなく話の内容が理解できる。
憲兵隊やデモに関する話が多い。
今朝あれほど大規模な騒動が生じていた訳だから当然と言えば当然かもしれない。
食事を終えた俺は、大学内のカフェに移動することにした。
自由の女神的なロゴマークの、日本でもよく見かけるチェーンのカフェだ。
「お〜い、こっちこっち〜!」
テラス席でキャラメルシェイクみたいな飲み物を幸せそうにチューチュー啜っていた幼女が、俺に気づいて大きく手を振った。
「待ち時間10分前だ〜、偉いぞ〜りっちゃん」
りっちゃんって誰だよ…
どうやら今日はテンションが高いようだ。
初夏らしい純白のワンピースを着ていて可愛らしい。
「どう、ちゃんと勉強してます〜?」
「えぇ、まあ…」
本当は全然進んでいない
「そっか〜、分からないところあった遠慮せずに聞いてね〜」
幼女に教えて貰えるならご褒美ではあるが(俺はロリコンではない)、この人の解説は結構ねちっこいので遠慮しておきたい。
「ところで、何で今日はどういった要件何ですか?」
先生の話を遮って、俺は質問したを
「まあ、そう慌てないでくださいよ〜」
と言いつつ、先生はガサゴソとカバンを漁って
「はい、これ青木くんにあげますよ〜」
と言って何かを俺の手のひらにおいた。
それは指輪だった。
ターコイズが埋め込まれたその指輪は、よく見ると細部に狼の装飾が施されている。
年代物なのか古ぼけてはいるが、かなり精巧な造りにみえる。
「東部の村でフィールドワークしてた時に入手したんですよ〜、君が持っておいてくださいね〜」
先生はニパーッと笑いながら言った。
「これ、研究に使うやつじゃないんですか?そうじゃないにしてもただものじゃなさそうだし…」
「だからこそですよ〜、何で私が君をこの国に連れてきたか覚えてないんですか〜?」
留学前に何か言ってた気がするが、思い出せない。
適当に聞き流していたのかもしれない。
「覚えていないんですか?全くも〜」
先生は頰を膨らませた、かわいい。
「分かりましたよ〜、もう一度ここでキッチリ説明してあげますよ」
どうやら話が長くなりそうだ。
「君が留学前、私の部屋に来るときに見た夢は覚えていますか?」
「ああ、不思議な谷でケモミミの女の子に会ったやつですね」
「そう、それですよ〜。その夢が私の研究している『白狼の谷』っていう伝説に関する言い伝えにとても良く似ているんですよ〜」
ああ、思い出した。
流石に偶然だろ、と聞いたとき思った記憶がある。
だが、スイッチの入った先生は喋り続ける。
「『白狼の谷』の詳しい内容は史料がほとんど消滅していて、現時点での解明は不可能に近いんですよ〜。それはもう誰かが意図的に、徹底的に破壊したとしか思えないくらいに失われているんですよ〜」
「でもですね、オルタ東部の一部の村には明らかにその伝説がもとになっている言い伝えが沢山残っているんですよね〜」
「私は今それらを収集して全体像の解明に役立てようとしているんですけど〜、ほとんどの村の伝承で共通している話がありまして〜」
「それはですね〜『この地に禍がもたらされる度に、白狼は一人の若者を選び、その者の夢枕にうら若き乙女の姿で現れる。選ばれた者は白狼の憑依を受け、禍を祓うために戦う使命を課されるだろう。』って話なんですよ〜」
「君の言っていた風景も白狼が住むとされている谷の風景と合致してますし〜、どうしても偶然とは思えなくて〜、それでオルタに連れて行ったら何かわかるかな〜って思ったんですよ〜」
そうだ、俺が研究のモルモットにされるために連れてこられたんだ。
マジで憑依されたらどうするんだろ、いや流石にないと思うけれど。
「で、ここからが本題ですよ〜。私が君にあげた指輪は恐らく聖遺物っていうものなんですよ〜。入手方法については詳しく話せないんですけれどね〜」
「一部の村の伝承では聖遺物、つまりは白狼の力を宿した品物が憑依に必要だとされているんですよ〜。だから君がこれを持つ必要があるんですよ〜」
「あのー、質問いいですか?」
俺はおずおずと手を上げた。
「憑依されたら俺はどうなるんですか?」
一応これは聞いておくことにした、念の為にね。
「わかりません!」
断言された。
「そこまで深く言及している伝承や史料がなかったんですよ〜。まあ、その時はその時ってことでよろしくです」
先が心配になってきた。
「そんなことより、ちょっとつけてみてくださいよ〜」
俺の運命に関わる問題をそんなことで済ませないでほしい。
仕方なく指輪を、一番サイズ的にしっくりくる右手の人差し指に装着した。
「おお〜、似合ってますよ〜」
先生はそう言うが、明らかに俺がつけるものには見えない。
「暫くそれをつけて生活してくださいね〜、謝礼だしますから〜」
まあ、謝礼出るならいいか。
指輪つけるだけで貰えるなら簡単なものだ。
そんなこんなで暫く先生と談笑してから俺は寮に戻った。
部屋に戻った俺はレポート課題に手を付けることにした。
まあ、まともに勉強していないから禄なものが書けないのだが。
それでも数時間ノートパソコンと向かい合い、なんとかそれなりに提出できるものが仕上がった。
ふと窓を見ると外はすっかり暗くなっていた。
時刻は既に夜8時。
いつもならメルがやって来る頃合いだが、一向に鳴き声がしない。
車に轢かれてないといいのだが…
あんまり心配しても仕方がないので、冷蔵庫の中身で適当なものを作って夕食を摂って、早めに寝ることにした。
やっぱり、指輪の違和感が拭えない。
だが、不思議とそれを外す気にはならなかった。
立はまるで指輪が自分と共鳴しているかのような感覚を覚えていた。
2
ふんふんふん、ふーん♪
教員寮の一室でシャアアアという水音に混じって鼻歌が壁に反響する。
伊豆南は上機嫌そうに鼻歌を響かせながらバスルームでシャワーを浴びている。
青木くん、指輪外してないかな?
半ば無理やりつけさせる形にはなってしまったことを南は申し訳無いと思っている。
それでも立が指輪をつけることが必要だったのだ、彼を守るためにも。
「私も…覚悟を決めなくちゃ」
南はいつになく真剣な表情をしている。
シャワーを浴び終えた南は身支度をした。
平たい胸にサラシ―そこにはビッシリと術式らしきものが書き詰められている、を巻きつけ、その上から白い小袖と赤い袴を身に着けた。
手には榊の棒に紙垂をつけた、おおぬさと呼ばれる神具―要はお祓い棒である、をもっている。
つまり、南は巫女装束をしているのである。
「さあ、ドンと来やがれ、ですよ!」
南は玄関のドアを開けた。
ニャアアア
そこには一匹の黒猫の姿があった。