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第2話 オルタでの日々



「計8000アルトになります」


 俺は大学近くの商店でボトル入りの牛乳とサンドイッチを購入した。


 今日の夕飯だ。


 1アルトは0.02円。


 不安定な政情もあって通貨の価値は下がる一方だ。


 これでも数年前に切下げられたので、昔よりはマシらしい。


 現地通貨で生活費を受け取っている身としては、非常に勘弁してほしい限りだ。


「フライドチキン食いてぇな…」


 ふと愚痴が溢れてしまった。


 この国では宗教上の都合で鶏肉を食べることが禁止されている。


 もっとも繁華街にある外国人向けのレストランでは鶏肉料理も提供されているのだが、如何せん高すぎて滅多に食べられるものではない。


 日本に帰れば鶏肉なんて幾らでも食べられる、むしろ肉の中で一番安いのが鶏肉であるくらいだ。


 ため息をつきながら寮への道を歩いた。




 留学を始めて3ヶ月、俺は完全に落ちこぼれていた。


 もともと留年の阻止と引き換えに留学した身、そうそうモチベーションなんてあるはずがない。


 英語の授業なんてさっぱりついていけない。

 

 最近ではオルタ語の方が得意なくらいだ。

 

 正直そろそろ帰りたいが、伊豆先生がそれを許してくれるとは思えない。


 そもそも先生が俺をわざわざ費用の計らいまでして留学させたのは、先生の研究を俺に手伝わせるためだ。

 



 先生はオルタの民間信仰を研究していて、今はその中でも「白狼の谷」という伝説について調査しているらしい。


 「白狼の谷」の伝説の具体的な内容はほとんど史料が残っておらず、各地の村々で伝承されている言い伝えくらいしか情報がないという。


 そして、それら伝承の多くに共通しているのが『白狼に選ばれた者の夢に、白狼が人の形をとって現れて啓示を与える。啓示を受けた者は然るべき試練と対峙することになるであろう』という内容であるらしい。


 そのため、ほぼ「それ」としか言いようのないような夢をみた俺は「選ばれた者」である可能性が高く、この伝説を解き明かすカギになるかもしれないと言うことだ。


 この伝承が正しく、なおかつ俺が本当に「選ばれた者」だとしたら、俺は「然るべき試練」に立ち向かわないといけないことになる。


 正直不安しかないのだが…


 もし何かあった時には先生が助けてくれるんですよね?


 助けてくれます…よね?






『次のニュースです。オルタ共和国政府は国内反体制派によるテロ活動の活発化を受けて、首都地域の警備体制の強化を決定しました。』


 寮のカフェテリアで買ってきたサンドイッチを食べているとテレビのニュースが気になる報道をしていた。


 近年のオルタでは、国教であるマレキズムの神官たちの権力が日に日に増大していて、それに対する抗議が時にはテロという形で現れるのだ。


 噂では、警察とともに国内の治安維持を担う国家憲兵隊ももはや宗教警察みたいな集団と化しているらしい。

 

 現にマレキズムを批判する人々が数多く逮捕されている。


 俺のような外国人留学生も、抵抗して揉めて下手をすれば連行されるだろう。


 流石に海外でお縄にかかりたいとは思わないから大人しくしておこう。


 パサパサとして喉に詰まるサンドイッチの塊を牛乳で無理矢理かきこんで、さっさと自室に退散することを決めてカフェテリアを後にした。




 エレベーターが故障しているので、自室のある4階まで階段をあがると、自室の前に猫がいた。


 そいつは俺を見つけると「ミャーオ」と鳴きながら足にスリスリしてきた。


 黒い長毛に青い瞳をした雌の猫で、2週間くらい前から俺の部屋によく来るようになった。


 この国の人々が猫にやたら寛容なこともあって、猫たちはどこにでも侵入してくるのだが、寮の4階までやって来るのはよくわからない。


 とはいえ俺の相手をしてくれる数少ない相手だ、「メル」という名前をつけて来るたびに丁重にもてなしてやっている。


「ほら食え」


 部屋に入った俺は、一緒に入ってきたメルの前にカリカリを盛った皿を置いた。


「ニャア?」


 けれどもメルは一切食べようとしない。


 きっと近所の肉屋のおっさんに余った牛肉でも食わせてもらっているのだろう。


 贅沢な奴め。


「カリカリ食わないんだったらもう帰れ!」


 と言ってメルを部屋の外に追い出した。


 メルは「ンニャ〜」と不服そうに一鳴きしてから下の階に降りていった。


 今日は課題のやる気もでないし、シャワー浴びてもう寝るか。


 


 シャワーを浴び終えて寝る前にネットサーフィンをしていると、不意にスマホのバイブレーションが鳴った。


 確認してみると、伊豆先生からメールが届いていた。



『TO:青木立

FROM:伊豆南


青木くんへ


お疲れ様です、ちゃんと勉強はしていますか?

突然ですが、明日大学のカフェで会いましょう。

都合のいい時間教えて下さい。



P.S.

授業でわからない箇所とかあったらお姉さん

が教えてあげますよ



                   いとう』


 本当に突然だ。

 他にも突っ込みどころがあったような気はしたがあえて無視して、粛々と返信して眠りについた。




 

 

読了ありがとうございます。

感想やアドバイスなど頂けると嬉しいです。

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