プロローグ
気がつくと、俺は森の中を一人で歩いていた。
針葉樹が何処までも続く鬱蒼とした森だ。
吐いた息が白く濁るくらいには気温も低い。
四方に出口と思わしきものは一切ない。
それでも『直感』が示す方向に俺は歩いている。
果たして、何時間くらい歩き続けているのだろうか。
舗装されていない悪路を長時間歩いているにも関わらず、足は一切痛まず、それどころか疲れや空腹すら感じない。
さらに、これだけ深い森であるにも関わらず、動物どころか虫一匹たりとも遭遇していない。
これは常識的な空間ではない、もしかすると神域なのかもしれない。
このまま無限にも続くと思われた矢先に、ふいに終わりが訪れた。
森の出口に到達したのだ。
森の先には小さな川が流れる谷があった。
俺は、谷底を目指して斜面を恐る恐る降りていった。
谷底に着いた俺は思わず息を呑んだ。
一面に咲き乱れる色とりどりの花々、透き通った水が緩やかに流れる小川。
そして何より目を引いたのは、川のほとりで一人佇む少女の姿だ。
少女は一糸まとわぬ姿で立ち、水面を見つめている。
その髪は透き通るような銀髪で、そこには本来あるはずのない獣の耳が存在し、尻には尻尾まである。
形状からして恐らくイヌ科だろう。
距離がはなれているので、ここからだと表情を窺い知ることはできない。
「ね、ねえ、君」
俺はその少女に近づいて行き、声をかけようとした。
だが、それは叶わなかった。
気がつくと、そこに少女の姿はなかった。
俺の意識が暗転していく…。
そして目が覚めた。