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薔薇物語

作者: 常盤たいら

 その庭の薔薇を盗んだ少女が一人消えた。二人消えた。三人目になりたいと笑ったら四つ折りの紙が回ってきた。授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。机の上に置かれた白い紙を摘まんで透かしてみれば「ねぇ」横から小声と興味津々の眼差しが早く開けろとせかしてくる。一つ頷いて紙を開くと赤い花びらがひとひらノートの上に落ちた。走り書きされた住所は思いのほか近かった。それは五月の始まりの初夏の日差しに照らされたその道はやがて土手へと突き当たる。斜面の向こうを流れる大きな川に架かる鉄橋を走る電車の窓から西日に煌めく川面をみた。赤い花びらは破いた紙と一緒に捨てた。

 突き当りを右に曲がれば、土手に沿って走る幹線道路の上にそびえ立つ高架高速に陰る歩道をゆけば、すぐにも広々とした更地にハルジオンにタンポポに青々とした草の茂みから小鳥がいっせいに飛び立った。更地に沿って路地に入る。両側に立ち並ぶ二階家、二階家、アパート、二階家、空がまた狭くなる。たった一つの平屋の前で立ち止まれば、白いメッシュフェンスから溢れ出す薔薇の葉の小さな無数が揺れていた。ふとふり向けば、路地にも、陰る歩道にも、もっと前、駅を出て、二つ目の信号を渡ったところから人を見ていない。若葉のころはとうに過ぎ色を深めた葉の茂る古木の向こうの暗い窓。ずっと風が吹いている。はためくはためく制服のスカート。一輪、二輪、赤い薔薇、三輪、四輪、揺れている、五輪、六輪、手を伸ばす、そうかずっととじこめられていた、引きちぎって赤い薔薇、握りしめて踵をかえして路地を駆けて駆けて駆け抜けて境界線を越えた時、振り返り見れば懐かしい空に白い夕月をみた。


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