第16話
サミーニャは少し前に生まれた姪のバースを可愛がる為にセレーネの元を訪れていた。
「ほんっと、赤ちゃんって可愛いよなぁ。ムチムチしてて、丸々で、コロンとしてて。なんかもう無条件で甘やかしたくなる」
サミーニャは先日スターリピットで買ってきた音の出るおもちゃを振り、バースの興味を引いている。
「今まではね。最近はハイハイを覚えて目が離せないわ」
セレーネはそう言いつつも幸せそうに愛娘を見つめている。
「あ、そうだ!今度のお休みはいつなの?」
「休みか?一応20日後の予定だけど」
「ふーん、なるほど。その日はデスランと朝からデート。ね?」
「な、ななな!」
「うふふ。隠しても私は純愛神だからそれくらい分かるわよ」
本当はモアテとクロウディから聞いているだけだけどね。そんなすげーって言いながらキラキラした目で見られるとちょっと良心が痛むからやめて。
「んん。じゃあデートの前にまたウチにいらっしゃい。いつもそんな男の子みたいな格好なんでしょ?せっかくのデートなんだから、たまにはうーんと可愛くしなきゃ!」
サミーニャは思わず己の格好を見た。
濃紺の細身パンツに白いTシャツ、上にグレーのロングパーカーと言うラフ過ぎる格好をしている。
そっとサミーニャは視線をセレーネに移した。
彼女はブルーの小花柄ロングスカートにベージュのテロテロ素材のブラウスをインして、ラフな中にも女の子らしい心遣いのある格好だ。
「ね。絶対よ!」
「うん。またセレーネに任す。いつもわりぃな」
セレーネは言質はとったとばかりにニヤリと笑った。
サミーニャは家事に勤しむセレーネの代わりにバースの面倒をみて、夕方になると帰っていった。
サミーニャを見送ったセレーネは今後のことを思い堪らずニヤケる。
ヘパイストス様から良いものを貰って、柵や遠慮も無くなったからには、残すは総仕上げのみね!
うふ、うふふふ♪愛を司る神としての腕が鳴るわ♪さぁ、そうと決まればみんなに知らせなきゃ!
***
サミーニャはセレーネの家を訪ねて来た。
セレーネはバースを腕に抱き玄関ドアを開いたが、自分も外に出てしまう。
「じゃあ行きましょうか!」
「え?どこに!?」
「うふふ。エロース!」
「やぁ。サミーニャは今日も可愛いね」
エロースが塀の影から現れる。そしてあっという間にサミーニャを肩に担ぎ上げて歩きだした。
「おい、兄貴!セレーネ!ちょ!なんなんだよー!!」
サミーニャはエロースの背中をバシバシ叩き止めさせようとするが、全く効かなかった。
二人はサミーニャをテオス別館のいぎりすの 間へ連行していく。
いぎりすの間へ着くと、そこで控えていたメイドの天使達に引き渡された。
「サミーニャ、しっかり磨かれてきなさいね」
「あぅあぅー」
「あはは。バースも楽しみだよなぁ~♪あ、後で母さんが来るから。じゃ、またねぇ~」
エロース一家はいぎりすの間を出ていった。
「それではサミーニャ様、始めましょう」
「ひ、ひえぇぇぇ」
手をワキワキとさせ、楽しそうに近寄ってくるメイド達に、サミーニャはただただ無力だった。
サミーニャはメイド達に浴室に連れていかれ、頭のてっぺんから足の先までピカピカに磨かれた。
浴室から出ると、クローゼットに連れていかれる。
「ぐぇ、く、苦しい」
サミーニャはコルセットを締められ、ドレスを着せられた。その上から神の正装である全身を覆い隠すマントを被せられる。
髪を綺麗に結い上げられ化粧を施されると、メイドに呼ばれて母のアフロディーテが部屋に入ってきた。
「かーちゃん、これは一体?」
「ふふふふ。さぁ、最後の仕上げよ」
誰もが見惚れる妖艶な笑みを口元に湛えたアフロディーテは自らの手でサミーニャの口に紅を差し、頭にはパステルカラーの花の刺繍で縁取られた白いヴェールを被せた。
その間、サミーニャはメイドにヒールの高い靴を履かされる。その高さは驚きの15cm。
彼女はアフロディーテに促されヨロヨロと立ち上がった。
「うん。良いわね。さ、行くわよ」
「どこに!?」
メイド達が一斉に奏でた「いってらっしゃいませ」と言う声をBGMに、サミーニャはアフロディーテに手を引かれるままフラフラといぎりすの間から連れ去られた。
「サミーニャ。待ってたぞ」
転移門の前には何故か父のアレス。
「へ?とーちゃん?」
「はぁぁぁ。お前な。そんなキレーなかっこしてるんだから流石に女の子らしい言葉遣いをしろよ」
アレスは大きなため息と共に、アフロディーテからサミーニャを受け取った。
「ふふふふ。サミーニャはアレスと一緒に後から来るのよ。じゃあ、先に行って待っているわね」
アフロディーテはウィンクを投げると、一人転移門を潜っていった。
「ふぅ。さて、心の準備は良いか?」
突然の事が立て続けに起こり目を白黒させているサミーニャに心の準備を問うアレス。
「何に対する準備だってぇんだよ」
「言葉遣い」
「へいへい」
「サミーニャ」
「はーい」
「ったく。行くぞ」
サミーニャはアレスが面倒でほんのりと言葉遣いを直した。そしてアレスに手を掴まれると、行き先すらわからないままに転移門を潜った。
***
──時は遡る──
サミーニャ達のデートの翌日、ここはサミーニャの両親であるアレスとアフロディーテの家。
セレーネはアフロディーテを訪ねてやってきた。
「いらっしゃい♪早く上がって♪」
「アフロディーテ様、こんにちは」
「そこへ座ってちょうだい」
ソワソワと待ちきれない様子のアフロディーテはセレーネをリビングへ誘いソファを勧め、早速話し始める。既に飲み物、茶菓子はスタンバイ済みだった。
「で、あの子達の状況はどうなの?」
「昨日一日デートをして、お互いに愛を確かめあった感じで。サミーニャったら、もぅ、ほんっとぉに乙女って感じで可愛らしかったわ♪」
セレーネはサミーニャとデスランのデートの様子を暴露していく。
「そんなに仲が良いのね」
「もう最終フェーズに移行しても良いと思うのっ♪」
「「うふふふ」」
二人はとても良い笑みで互いを見る。
「じゃあ、作戦会議を始めましょうか」
アフロディーテの号令で作戦会議が始まる。
「はい!先ずはサミーニャのドレスよね?」
「そうね。形はどんなのが合いそうだったの?」
「基本的に可愛らしい系統か、シンプルなものが似合うわ。サミーニャは小柄だからマーメードとかは着せられた感がちょっと・・・」
「じゃあやっぱりプリンセスラインね。色は白が一番似合うとは思うけれど、ここはやっぱり王道のピンクかしらね」
「濃い寒色系はちょっと浮いてたわね。でも、以外と薄い寒色系はいけそうだったの。だからデスランの眼に合わせて薄紫のドレスなんてどうかしら」
「うん。あの色なら意外と良さそうだわ。
そうだ、確かどこかの世界でパートナーの色を纏うのが流行っているのよね?デスランはサミーニャに合わせてミントグリーンの服とかどう?」
「互いの色で包まれる~ってやつね。あ、でも、デスランには淡い色が似合う気がしないわ。いっつも黒っぽくてピシッとした服ばかりだもの。と言うか、あまり仕事着以外のデスランを見たことがない?」
「確かにそうね。なら・・・──」
アフロディーテとセレーネは色々と相談し、手配していった。