第15話
翌日、死神課の事務室。
デスランとモアテは前日の休みの分増えてしまった書類と格闘中。
モアテ以外の補佐官が復帰するまで臨時補佐官として派遣されることになったルシフェルも手伝っている。
気分転換にモアテがデスランに話し掛けた。
「昨日のサミーニャ様とのデートは楽しかったですか?」
「そりゃ、楽しかったですよ」
「へぇ~。手を繋いだり、キスしたり、たくさんイチャイチャできました?」
モアテはデスランを弄りつつも書類仕事の手は止まっていない。
「デスラン様、手が止まっておりますよ。思い出すのは業務後にしてください。野郎が頬を染めているのを見せられるこちらの事も考えて頂けませんか?」
ルシフェルからモアテの言い様に手が止まってしまったデスランに、容赦のない言葉が飛ぶ。
原因のモアテはマジかとデスランに視線を投げて、すぐに逸らした。
デスランは部下からのまさかの指摘にサッと表情を無表情に戻す。
「・・・ルシフェルは相変わらず辛辣ですね」
「デスラン様が手を止めるからです。ほら、時間は有限なんですからとにかく手を動かす。モアテも無駄口を叩かない」
「そうですね」「わかりました」
室内にはカリカリペラペラサラサラトントンと書類を片付ける音のみが支配した。
***
同日、転生課の事務室。
サミーニャは心ここに在らずという様子でクロウディの報告を聞いている。
「サミーニャ様、体調が優れないのですか?」
「あ、いや。続けてくれ」
クロウディは報告を一通り終えると、サミーニャに提案をした。
「何かお悩みがあるのでしたらお話しください。私に解決は難しいと思いますが、アドバイスくらいはできると思いますよ」
サミーニャは甘える事にした。クロウディに昨日の事をかい摘まんで話す。
「そうだったのですね。一度ヘパイストス様に相談してみてはいかがですか?」
「そうだな。ありがとう。今度行ってくる」
サミーニャはヘパイストスへ相談することを決意した。
***
デートの数日後、サミーニャは鍛冶神であるヘパイストスの元を訪れていた。
「どうした?そんな思い詰めた様な暗い顔をして」
「なぁ、おっちゃん。デスランの神具を作ったのっておっちゃんだよな?」
「そうだが、何か問題でもあったか?」
「いや、ちゃんと機能してるよ」
「それは良かった。必要になるまでしっかりと封印しておかないとな。デスランの手に持つ腐蝕の力はサミーニャですら蝕む神殺しの力だから」
「・・・改めてその言葉を聞くと、心が重くなるよ」
落ち込むサミーニャに、もう時効だから伝えてもいいかとヘパイストスは話し出した。
「あの手袋だが、まだ幼かったエロースがお前さんの事を心配して相談してきたから託したものなんだ」
「兄貴が?」
「ああ。サミーニャの相手にデスランが決まった後、何かないか!って血相を変えてここへ来たんだ。
俺はちょうど手元にあったあの“封印の手袋”を渡したよ。もともと親父様の命でデスラン用に作っていたものだけど、なかなか渡す機会がなくてずっと俺が持っていたんだ。当時デスランはまだ冥界に居たから。あそこは大人になってしまった神は罪でも犯さない限り入れないからな。
俺が渡した手袋をエロースは大事に抱えて持って帰ったぞ。すぐに冥界に行ってデスランにこの手袋を着けさせる。で、絶対にサミーニャを傷つけさせない!って意気込んでたな。
エロースは惹かれ合うサミーニャとデスランのどちらにも後悔して欲しくなかったんだろう。幼かったとは言え、さすが愛の神なだけある」
「そう、だったんだ」
サミーニャはポツリとこぼした。
ヘパイストスはしんみりしてしまった空気を変えるべく陽気に振る舞う。
「で、今日はどうしたんだ。このおっちゃんに何か用があるんじゃないのか?」
ヘパイストスはサミーニャの話を余計な口を挟まずうんうんと聞く。
彼女が全て話し終えたタイミングでやっと口を開いた。
「そうか、手袋だけじゃ解決できなかったのか。うん。おっちゃんに期待して任せなさい」
ヘパイストスはサミーニャの頭をフワリと撫でた。
***
その後サミーニャとデスランの二人は何度かデートを重ねた。
死神課の新人研修が終わって徐々に人員不足問題が解消されつつあり、休みを容易に合わせられるようになったらしい。とは言え、半日程度の時間しか取れずに天界でのデートだったが。
ただ、デスランの本心を知ってしまったサミーニャはどこか遠慮がちだった。
デスランもそのことには気付いていたが、あのとき暴露してしまった自分を心の中で責めるだけでサミーニャに何かを言うことはしなかった。
***
更に時が過ぎ、サミーニャは自分の事務室にデスランを呼び出した。ちょうど部下のクロウディは作業室にいるので部屋には二人きり。
「どうしたんですか?まだ報告書をまとめる時期では無いですよね?」
「仕事じゃねぇよ。今日はこれを渡したくて」
サミーニャは机の引出しから銀の板に金の縁取りがされ、繊細な模様が刻印されたバングルを二本取り出した。そして、ソファに座るデスランの隣に腰掛ける。
「これは何ですか?」
「まぁまぁ、試してみようぜ」
サミーニャは小さい方を自分の腕に着け、大きい方をデスランに渡し着ける様に言った。
「着けましたよ?」
「じゃあ、俺を殴れ。もちろん素手でな」
「はぁあ!?何を言っているんですか!」
「いいから殴れ。大丈夫だから」
拒否するデスランに対して、サミーニャは自信満々だ。
「はぁ。じゃあ腕を出してください」
折れたデスランは苦肉の策として腕を出させた。そして手袋を外すと内側の柔らかい部分をきゅっとつねる。
「サミーニャ、平気なんですか?」
「全然平気だ。それに見てみろ。お前が直に触れても何ともねぇだろ?」
「──本当ですね」
「このバングルは“親愛の腕輪”って二対の神具なんだ。着けてる者同士はお互いに傷付ける事が出来ない。ってヘパイストスのおっちゃんが言ってた」
「え?」
「これでデスランの腐蝕の力もどうって事ねぇな。あ、でも普段は手袋着けとけよ?俺以外は今までと同じで影響があるからな」
サミーニャはざっと注意事項を説明する。そして、デスランの目を見つめた。
「なぁデスラン、もう一人で悩むな。神様がこんだけ居りゃ誰かが打開策を知ってんだから。まぁ、俺だってクロウディに諭されたんだけどな」
サミーニャはポリポリとこめかみを掻く。
「・・・ありがとう」
デスランはそう言ってサミーニャを抱き締めた。
「良いって。半分は俺の為だし」
サミーニャはそっとデスランの背中に腕を回す。
「ねぇ、サミーニャ」
「うん?」
「キスしても良いですか?」
「聞くなよバカ///」
二人は見つめ合い口付けを交わした。
クロウディが事務室にサミーニャを呼びに戻ろうとしたが、何かを感じ中の様子をチラリと伺いそっと扉を閉めた。
出来る部下は空気を読むのも上手い。
もちろん、この事はしっかりセレーネに伝えた。