第14話
壁に寄り掛かって座るデスランの足の間で守られる様にサミーニャは座っている。後ろから前に腕を回され、肩に頭を載せられていた。
「スラン、お前も怪我してるじゃねぇか」
サミーニャが目の前に来たデスランの手首にそっと触れる。
「なんだ?治してくれるのか?」
デスランの色気を帯びた声が耳朶を掠めた。
「ば、ばか野郎!」
サミーニャは射し込む夕日に負けぬ程、顔を真っ赤に染め上げた。デスランはそんな彼女を可愛いなと離さない。
二人は暫くそのままだった。夜の足音が徐々に大きくなってくる。
「なぁ、さっきずっとって言ったろ?どんくらい前から?」
ふいにサミーニャは話し掛けた。
「ずっと前だ。もう思い出せないくらい」
「そう、なんだ」
サミーニャはどう返していいか分からなかった。
「もう、このままここで暮らしたい。ミーニャと離れたくない」
デスランは何の脈絡もなく告げる。
「別に、戻ったって離れる訳じゃねぇだろ?」
「昔、エロースに言われたんだ。唯一ミーニャを傷付ける事が出来るお前が恋だの愛だの語るなって」
デスランは今までの苦悩を全て吐き出すように言った。
「それはっ」
デスランは腕に力を込めて、振り返ろうとするサミーニャの動きを止める。
「その時俺は確かに一理あると認めてしまった」
あの神具をくれたのもあいつだったがとデスランは自嘲気味に言った。サミーニャは静かに続きを待つ。
「現に人の身となった俺はこうやってミーニャを傷付けずに触れる事が出来る。キスだって出来るし、愛してると伝える事に後ろめたさも無い。
でも、神に戻ったら今日みたいに素手で手を繋ぐ事は出来なくなる。一度サミーニャの温もりを経験してしまった俺は、こうして触れる事すらも躊躇うだろう。それに、キスは暴走するお前の生命力を吸いとる為の手段に他ならない。そんな状態で愛してるなんて口が裂けても言えない。
──死神にとって転生神は一見ご馳走の様で実は猛毒なんだ」
「スラン・・・」
サミーニャはきつく抱き締めてくるデスランの腕を撫でた。
「ははっ。恥ずかしい告白をしてしまいましたね。ミーニャ、俺は少し頭を冷やすので先に帰ってもらえませんか。ここなら転移門を開いても問題ないでしょうから」
デスランはそう言って腕の拘束を解いた。
「イヤだ」
サミーニャはデスランに向き直り、彼の胸にガバッと抱き付く。
「ミーニャ、止めてください。俺もこう見えて男なんです。こんな体勢で抱き付かれると困りますから。さっき怖い思いをしたばかりでしょう?」
サミーニャは顔を上げ右手をデスランの頬に添えた。
「そんな気も起きねぇほど泣きそうな顔してるくせに。これじゃ心配で置いて帰れねぇだろ」
「・・・ミーニャの方が今にも泣き出しそうじゃないですか」
「フンッ。神様だって、別に泣いてもいいだろ?」
サミーニャはニヤリと笑おうとして失敗し、なんとも言えない顔になった。デスランはそんな彼女の手に自分の手を添え頬擦りした。
「ミーニャ、愛しています」
「俺もスランが大好きだ。愛してる」
デスランはサミーニャを抱き締め、見上げる彼女に優しいキスを落とした。
***
「二人ともお帰りなさい」
サミーニャとデスランが転移門を潜ると、目の前にセレーネが待ち構えていた。
「え?あ、ただいま?」
「何故貴女がここにいるのですか?」
「うふふ。デートはどうだったか気になっちゃって、二人の帰りを待ってたの。
その様子だと随分と楽しかったみたいね。仲良く手を繋いじゃって。まさか、キスの先までしてしまったのかしら?」
サミーニャはボンッと音がしそうなほど顔を真っ赤にし、慌ててデスランの手を振りほどいた。
「セレーネの変態!んな訳ねぇだろ!」
「クスクス。へぇ、そうなのぉ」
「サミーニャ、それじゃキスはしましたって言ってる様なものですよ?まぁ、今まで散々見られてるので俺は今更恥ずかしくも無いですが」
デスランは手を振りほどかれたのが不服だったのか、優しくない。
「クソッ!俺はいつも気絶してるからこんな恥ずかしいなんて知らねぇんだよ!あーもう!」
サミーニャは真っ赤な顔を両手で隠して地団駄を踏んでいる。そんな彼女の耳元でセレーネは囁いた。
「やっぱり二人は愛し合っていたでしょ?」
「な!?」
セレーネはじゃあねと手を振り帰っていった。
残されたサミーニャとデスランはどちらともなく溜め息を吐くとまた手を繋いで歩き出した。
「痛ってぇ!」
サミーニャはデスランから手を離す。
「時間切れですね。うん。よかった。頬の傷も完全に治りましたね」
デスランは亜空間から取り出したいつもの手袋を手に嵌めながら寂しそうに言った。
「また時間を見つけて会いに行きますね。おやすみなさい」
デスランはサミーニャを部屋まで送ると玄関に荷物だけ置き、上がる事もなくそのまま帰っていった。
「はは。もっと一緒に居たいって素直に言えばよかったな。でもそれはデスランの負担になるだけ、か」
閉まったドアの前で、サミーニャは独りごちた。