第11話
二人は喫茶店でのんびりと寛ぐ。
「スランが違うのを選んでりゃこれ以外のケーキも食えたのになぁ」
サミーニャはちょっと口を尖らせた。小さなテーブル越しにデスランはしまったと眉尻を下げる。空になった自分の皿と食べ掛けのサミーニャの皿をチラッと見た。
「そうですね。ごめんなさい。気が付きませんでした」
「まぁ、良いけどよ。せっかくなら「はい、あーん」あっ・・・」
二人から少し離れた席のカップルがケーキを食べさせあっていた。
サミーニャはそれに気付き、頬を赤らめる。デスランはそんな彼女を見てニヤリと意地の悪い笑顔を見せた。
「へぇ、なるほど。ミーニャはあーいう事がしたかったのか。気が付かなくて悪かったな」
デスランはサミーニャの前からケーキの皿を奪う。
「ふぇ!?ス、スラン!?」
「ほら、あーん」
デスランはサミーニャのケーキを一口分フォークに乗せると彼女の口元へ手を伸ばした。
「ススス、スラン!?自分で食えるから!!」
「いいから早くしろ。落ちるだろ」
デスランは笑顔で言う。サミーニャは意を決してパクリとケーキを口に入れた。彼女は真っ赤な顔で急いで咀嚼し飲み込む。
デスランはフォークを持ったまま頬杖をつき、慌ててケーキを食べるサミーニャを蕩ける様な甘い顔で見つめていた。思わずなのかフフッと笑いが漏れる。
「な、な、なんだよ!」
「いや、ミーニャはやっぱり可愛いよなって」
デスランは空いた手でサミーニャの頬をするりと撫で、そのままテーブルの上にあった彼女の手を握った。サミーニャはこれ以上赤くなれないというほどに顔を赤らめる。
「・・・ほんと、裏のお前は容赦ねぇよな」
「はは。お褒めに預かり光栄だ」
いつの間にかデスランの人格が変わっていた様だ。
「なぁ、そろそろ」
「うん?もう一口食べるか?」
「いや、そうじゃなくて手!」
「利き手が空いてないなら俺が食べさせてやるよ」
「スランが離せば良いだけだろ!?」
「やだ。全部食べきるまで離さない。ほら、あーん」
デスランは宣言通り、残りのケーキを全て食べさせるまでサミーニャの手を握り続けた。
二人は喫茶店の店員に夕焼けが綺麗と教えてもらった丘へ向かっている。
「さっきは裏がすいませんでした」
「いや、いんだ。あいつがやる事はスランが実はやりてぇ事だろ?それを拒否する気はねぇよ。その、恋人っぽくて、その、あれだし・・・」
サミーニャはごにょごにょと言葉を濁すが、いつも以上に甘やかされたのが嬉しかった様だ。
「ただし!今度からああいうこっ恥ずかしい事は他人のいねぇ所でしてくれよな!俺ら通りから丸見えだったんだぞッ!場所を考えろ場所を!!」
しかし、照れ隠しから文句を言う。デスランもそれが分かるから繋いだ手の甲を親指でスリスリとして宥めた。
「ふふ。こんなミーニャが見れたのはラッキーですね」
「おい!反省してんのか!?」
「はいはい。本当にすいませんでした」
「もう!」
サミーニャは取り合わないデスランにぷくっと頬を膨らませた。そんなミーニャも可愛いですよと耳元で囁いたデスランをサミーニャは真っ赤な顔で睨み付ける。さすがのデスランも無表情とはいかず、ほんのりと顔が赤かった。
周りからはただ若いカップルが街中でイチャイチャしている様にしか見えない。
通行人はサッと避けたり見てみぬ振りをしたり、逆にじっと見ていたり。様々な反応をしている。
太陽はまだ夕焼け前、漸く黄色くなってきたところ。この分なら日没までは1時間程だろうか。
二人は“夕焼けの丘”迄徒歩15分と言う標識の所まで来た。
夕焼けの丘の周りは観光地化されているらしく、出店や飲食店、土産物屋などが軒を連ねている。
二人はその前をウインドウショッピングしながらのんびりと歩いていた。
「ィッテ」
「どうしました?」
突然歩みを止めたサミーニャにデスランは尋ねる。反射的にサミーニャは自分の左足を引いてデスランの視界から逃そうとした。
「い、いや、なんでもねぇよ?」
「その足!?なんでも無い訳ないでしょう!!ちょっと、そこのベンチに座りましょう」
デスランは足を引き摺るサミーニャを連れて、少し広場になっている所のベンチに座らせた。
デスランはサミーニャの前に片膝をつき、彼女の左足に手を伸ばす。
「いつからですか?血が滲んでいますよ」
デスランはサミーニャの靴を脱がせると足下から彼女を真っ直ぐ見上げた。
「うっ、喫茶店に入る前くらいから痛かった。たぶん血が出たのは今さっき・・・」
そんなデスランに隠し事をする様な馬鹿な真似はしない。ただし、顔は背けている。
「とにかく止血しましょう。靴下、脱がしますね」
デスランはするっとサミーニャの靴下を脱がした。そして亜空間からハンカチの様な布を取り出し手早く足に巻く。
「──もう帰りましょうか」
「え!?」
「こんな足ではこれ以上歩けないでしょう?人間用の傷薬なんて持ってないので、俺には治せませんから」
「でも、まだ夕焼け見てねぇじゃん!せっかくここまで来たのによ!こんなの舐めときゃ治る!」
サミーニャはまだ帰りたくないと駄々をこねる。
「ふぅ。しょうがないですね」
デスランは脱がした靴と靴下を亜空間に放り込み、有無を言わせずいつもの様にサミーニャを横抱きにした。
「な!?」
「先ずは靴屋に行きましょう。踵の無い靴を買えばその足でも歩けるでしょうから」
「でも、だからってこれは!」
「ミーニャをここに置いては行けないので苦肉の策です。恥ずかしいのなら俺に顔をつけて隠したらいいのではないですか?」
デスランはスタスタとサミーニャの重さを感じさせない程普通に歩いていく。サミーニャは言われた通りに彼の肩に真っ赤な顔を埋め隠した。