第9話
サクラの隙間からチラチラと太陽が覗く昼下がり。陽光がぽかぽかと二人を包み込む。
「ふわぁ。暖かくて眠たくなりますね」
デスランが欠伸混じりに言った。
「少し寝るか?ずっと忙しくて疲れてんだろ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
デスランはそう言うと、横座りをするサミーニャの腿を枕にごろんと寝転がった。
「うぉい!恥ずかしいだろ!」
「ふふふ。ミーニャに膝枕してもらうのが夢だったんです。恋人なんだしいいじゃないですか。・・・スゥ」
顔を真っ赤にしたサミーニャを放置して、デスランは一瞬にして寝入った。
「まったくもー」
サミーニャは文句を言いつつ、デスランの目に掛かった髪を退かす。
お、意外と柔らかい髪なんだな。いつも固めてるから知らなかった。にしても睫毛くそ長ぇ。俺でもここまでじゃねぇぞ?
サミーニャはそのまま暫くぼんやりとサクラを眺めていた。すると突然デスランがうーんと唸り寝返りを打つ。サミーニャの身体に密着するように顔を向け、額をピタリと腹に押し付けた。
「ちょっ!」
サミーニャは流石に焦る。しかし、彼から聞こえる規則的な呼吸音に母性をくすぐられたのか起こすのは止めた。
「ふふ。しょうがねぇな」
彼女はそう言うとデスランの後頭部を柔らかく撫でた。
***
そんな二人を少し離れたベンチから見守る者がいる。
それはもちろんモアテとクロウディだ。
『二人とも、そろそろ自由にして良いわ。面白い物も見られたし。休みなのにありがとう』
機械からセレーネの声が聞こえる。
「どういたしまして。では」
プチッ ウーン
「あなた、これからどうしましょうか」
「まだ時間はあるし、僕らものんびりデートをしてから帰ろうよ」
「そうですね。では映画なるものを見に行きませんか?」
「そうだね。君はどんな内容のものが見たい?」
まだ動き出しそうにないサミーニャ達を置いて、二人は寄り添いながら雑踏へと消えて行った。
***
いたりあの間では相変わらずの三人があーだこーだと言いながら二人のデートの様子を見ている。
「エロース、座って食べなさいな」
「わかったよ。セレーネ隣良い?」
「しょうがないわね」
セレーネがヘラとの間を詰め、空いたスペースにエロースが座る。
「あら!」
「おやまぁ」
「マジかよ!」
「膝枕かぁ~。あの距離感がドキドキするのよね♪」
「デスラン!今すぐサミーニャから離れろ!離れろったら!!」
「これエロース、ここから喚いても聞こえやしないよ」
「そうよ。あ、デスランに言っちゃダメたからね?」
「うっ、わ、わかったよっ」
「それにしても、デスランもこんな事するのね」
「それほどサミーニャの事が大好きなんだろうさ」
暫く代わり映えのない映像が続いた。
「あー!!あのヤロー!!」
「おやおや」
「やだもぉ。デスランたらやるわねぇ。これ絶対に無意識でしょ?ほっぺがニヨニヨしちゃうわ」
「クソッ、今度会ったら締めてやる」
「エロース、ダメよ。見てたのがバレちゃうじゃない」
「あーもー!わかりましたよ!!僕、仕事に戻るから!!」
「午後も頑張ってね。あ・な・た♪」
「うぅ、行ってきます」ちゅっ
エロースはセレーネの頬にキスを落とすと部屋を出ていった。
「セレーネもエロースの扱いが板に付いたねぇ」
「うふふ、そうかしら?でも、おばあ様程では無いわよ」
「私とは経験も年期も違うだろうに。さてと、そろそろお暇するよ。面白いものを見せてくれてありがとうね」
「あ、おばあ様も今日の事は内緒だからね?」
「もちろんわかっているよ。セレーネは暖かい内に家に帰りなさいね」
「はーい。
二人とも、そろそろ自由にして良いわ。面白い物も見られたし。休みなのにありがとう」
『どういたしまして。では』
板の映像が途切れた。
あー、楽しかった!次は、アレの準備ね!アフロディーテ様に相談しなくっちゃ!うふふふ、忙しくなるわぁ♪
***
デスランは目が覚めた。目が開いているのに視界は暗く、額には布の感触がある。それにとても良い匂い。そして側頭部には何やら温かく柔らかいものが触っている。己の状態を分析すると共に戦慄を覚えた。慌てて起き上がると抗議する。
「ミーニャ!なんで起こしてくれなかったんですか!」
「うん?気持ち良さそうに寝てたからな。さてと、スランも起きた事だしもう少し町を見ようぜ。あ、ここ寝癖が着いてる」
サミーニャは少し上機嫌で立ち上がり、両手を組み上に伸ばすと強張った身体を解す。そして膝立ちのデスランの髪を手櫛で梳かし、靴を履き敷物から降りた。
デスランはその一連の行動を、ただただ顔を赤らめ見詰めているだけだった。
「ほら、早くしろよ」
サミーニャに声を掛けられて彼は動く事を思い出した機械の様にギギギと動きだし、敷物を仕舞うとサミーニャから差し出された手を取り町へ向かって歩き出した。