第8話
「うわぁ。こりゃあ圧巻だなぁ」
サミーニャは公園に着くなり目をキラキラとさせて満開のサクラを見上げた。
「これほどまで美しいとは思いませんでした」
デスランも無表情ながら感動している様だ。と、その時。キュルルっと可愛らしい音がした。デスランが音の出所を見ると、サミーニャが顔を赤くしている。
「ねぇミーニャ、そろそろお昼にしませんか?向こうに屋台が並んでいるみたいなので行きましょう」
「う、うん///」
デスランはサミーニャの手をぎゅっと握り直すと、屋台に向かって歩き出した。
「どの屋台も混んでいますね」
「ちょうどお昼時だからな。あ、あれにしねぇか?ソースの匂いが旨そう」
「モダン焼きですか。並んでみましょう」
二人はモダン焼きの屋台に並んだ。
「そうだ。さっきのグラスは何故二つ買ったのですか?誰かへのお土産ならきちんと包んでもらった方が良かったのでは?」
「いや、普通に部屋で使おうと思って。そうだ、スランがうちに遊びに来たら特別にあのグラスで茶を出してやるよ」
「それは俺にしかあのグラスでお茶を出さないという事ですか?」
「別にそーゆー、事なのか?」
「俺に聞かれても困りますよ」
「──うん!じゃああの水色のグラスはスラン専用な!」
サミーニャはそう言ってニコッと笑った。デスランはありがとうと微笑み返す。
二人の笑顔はかなりの破壊力で、周りで巻き込まれた者は思わず胸に手を当て己の心臓の無事を確認した。
「そういや、最近スランはうちに全然こねぇじゃん。休みは何してんだ?」
二人はざわつく周囲には目もくれず会話を続ける。
「休みですか。最後に休んだのはいつですかね?」
デスランの発言にサミーニャは動揺する。
「え?ずっと働き続けてんの?まさか、結構前に俺がスランの部屋に遊びに行ったのが直近の休みとか!?」
「うーん。そう言われるとそうかもしれません」
「まじかよ。もっと休め!仕事の能率落ちるだろ!!」
「ずっとこの感じなので、今更能率が落ちると言われても変わりませんよ?」
サミーニャは繋いで無い方の手を額に当て、溜め息とともに提案する。
「・・・ハァ、今度タナトスにもっと兄貴を助けてやれって言ってやるよ」
「いや、既に助けられてます。先日病死を全て引き取ってもらいましたから。こちらの部門の方が悪魔も多いですし」
「そうか。じゃあこれからはもう少しゆっくりしろよ」
「はは。今後の事は部下達と相談しますよ」
二人の並ぶ列が進む。デスランは二人分のモダン焼きを購入し、近くにあった飲み物の屋台でお茶を購入するとサクラの多く植えられているエリアへと向かった。
二人はどこか座れる場所は無いかとウロウロしている。
「みんな敷物を持ってきてんだな」
「そうみたいですね。ではそれに倣いましょうか」
デスランはそう言うと亜空間から薄いカーペットの様な物を取り出した。
「おお、ありがと。準備がいいな」
「昔エデンでピクニックしたときの敷物ですよ。ずっと仕舞いっぱなしだったんです」
「おい、それ何年前の話だよ!ったく、物持ちが良いと言うかズボラと言うか」
「なかなか片付ける暇が無かったので。その内整理しますよ」
「それ、絶対やらない奴の言い訳じゃん!」
「あはははは」
二人はサクラの下に広げた敷物の上で仲良く小さなお花見宴会を始めた。
ザァーと強めの風が枝を揺らし、花びらがふわりふわりと舞い散る。
その光景にサミーニャはポツリと一言「きれい」と呟いた。
デスランはそんな彼女の横顔を忘れてはなるものかとじっと目に焼き付けた。
***
二人とほぼ同時に公園へ来た者がいた。モアテとクロウディである。
二人はサクラに見惚れ、サミーニャとデスランを一瞬見失う。しかし、屋台に向かって歩いているのを直ぐに見付け尾行を再開した。
「僕らも何か買う?」
「私は大丈夫よ。ほら、二人がまた移動するわ」
二人は圧倒される程の満開のサクラの下、サミーニャ達が腰を据えた場所の少し後ろのベンチに陣取る事に成功した。
***
いたりあの間では相変わらずセレーネとヘラが二人のデートの様子を見ている。
「おばあ様、すっごく綺麗ね」
「そうだね。あれ?二人は?」
その時、映像からモアテの声が聞こえてきた。
『すいません。人出が多くて二人を見失いました』
『あれ、デスラン様ではないかしら?ほら、あの背の高い銀髪の人』
クロウディの手が映る。その先には確かに屋台に向かって歩くデスランが見えた。
『ほんとだ。すいません、少し揺れます』
モアテとクロウディは早歩きでデスランとの距離を詰めた。映像には屋台の列に並ぶ二人の姿が映し出される。
「見上げると綺麗な花に見惚れるけれど、下は人でごった返しているのね」
「おや、デスランがまた微笑んでいるよ」
「本当ね。あら、回りの人間に少し影響しているみたい。大丈夫かしら」
その時、部屋のドアがガチャリと開いた。
「あー、セレーネここだったかぁ。あ、お婆ちゃんもいるぅ♪」
それはエロースである。彼は途中で捕まえたメイドに軽食の用意を頼むとソファの後ろに立ち、並んで座るセレーネとヘラの間からデートの様子を覗いた。
「おやまぁ。エロースもサミーニャとデスランのデートが気になるのかい?」
「そりゃあ、僕の可愛い妹と幼馴染みのデートだもん。気にならない方がおかしいでしょ?
これ、声は聞こえないんだね。サミーニャが溜め息を吐いてるけど、何を話してるんだろう?」
「あら、本当ね。さっきまではにこやかだったのに」
「何処かに移動するみたいだねぇ」
「へぇ、デスランったら意外と用意周到なのね」
「いや、あれはただのものぐさだよ。
あっはぁ!デスランのヤツ見惚れすぎだろ!ちょーからかってやりたい!」
「二人に見てる事は言ってないから、余計なことはしないでよ?」
「わかってるってぇ♪」
三人はメイドの天使が用意したサンドイッチなどをつまみながら、サミーニャとデスランのデートを見守っている。