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昔100円貸したよね?

作者: 在り処

「ねぇ、ジュース買いたいから100円貸して」

「うーん。仕方ないなぁ秋貞は。ちゃんと返してよ」


 ポニーテールの女の子から100円を貸して貰うと、足りない20円を自販機に投入してコク・コーラのボタンを押す。

 冷えた缶が音を立てて取り出し口に現れる。


「友ちゃんありがとね」


 懐かしい夏の思い出……。

 いや、記憶の片隅には存在していたものの、今迄忘れていた情景だった。






 俺、浅野 秋貞は中学3年生になったばかりだ。

 クラス替えもなく受験への1年が始まる始業式の日、教室に入ってきた担任の後ろにはショートカットの日に焼けた女の子が居た。

 制服こそこの学校のものだが見かけた事もない。考えるに転校生だろう。

 クラスではざわざわと小さな声で皆が思い思いに話し出す。


「えーっ、皆さんおはよう。今日からクラスに新しい仲間が増えることになった。自己紹介をしてもらおうかな?」


 女の子は黒板の前から1歩前に出ると、真っ直ぐ前を向き、顔を上げて堂々と話し出す。


「私の名前は城山 友美です。高梨県から転校してきました。5年前迄はここに住んでいたので知ってる人もいるかもしれません。よろしくお願いします」


 喋り終えるとしっかりとしたお辞儀をする。

 姿勢を戻すと慌てた様に「あっ!?」っと口元に手を当てる仕草をした。


「いい忘れていた。旧姓上山です。上山 友美です」


 その言葉にクラスの何人からか「上山さんかぁ」「久しぶりだねぇ」と懐かしさを滲ませる声がきこえる。

 城山さんをまじまじと見ていると、ふいに記憶が突然繋がる。


「えっ、友ちゃん? 友ちゃんだよね!」

「あー! 秋貞? 秋貞だよね!」


 思わず席から立ち上がり再会を喜んでいると、担任が「おほん」とわざとらしく咳をする。


「知っている者も居るようだし大丈夫だな。みんな仲良くするように。城山の席は1番後ろの右側だ。空いてる席だから分かるな。ホームルームを始める。席に着きなさい」

「はーい」


 友ちゃんは俺の横を通り過ぎる時に小さく手を振って、俺の斜め後ろの自分の席に着く。

 担任が今年度の有難い話をしているが、俺の耳には右から左だ。

 事あるごとに友ちゃんのいる後方をチラチラ見てしまう。


 上山 友美は俺の小学校4年生当時、1番仲が良かった女の子だ。

 家も近く、いつも一緒に遊んでいた記憶がある。

 急な引っ越しだったが、年賀状でのやり取り程度はあった。だが中学に入るともどちらがとも無くそれさえも無くなっていった。

 決して美人では無いが、愛嬌のある笑顔とポジティブな思考でグラスの人気者だった気がする。

 髪型が変わっているが、よく見ると当時の面影があり、一瞬ドキッと心臓が早まってしまう。


「おい、浅野。見過ぎだって。もしかして初恋の人なんか?」


 隣の席の康夫がからかう様に俺を突っついてくる。


「いや、ただの幼馴染みだよ」


 そう答えたが、多分小学校4年生当時は淡い恋心を抱いていただろう。彼氏、彼女が何なのかも分からない年頃だったが、友ちゃんと一緒に居る事が楽しく、嬉しかったのは間違いない。




 休み時間になり、話しかけに行こうと思ったのだが、彼女の周りは人で一杯だ。

 転校生特有のもてはやしに加え、彼女を知っている人も多い。

 そこに混じれば良いものの、妙な気恥ずかしさから混じる事が出来ない。

 チラチラ見ていると何度か目が合うのだが、その度に思わず視線を逸らしてしまう。


「話に行かなくていいのか?」


 康夫はニヤニヤしながら俺の前の椅子に腰掛ける。


「べ、別にいつでも話に行けるだろ」

「ふーん。まぁいいけどさ、今のお前お預け食らってる犬みたいだぞ」

「ほっとけ」


 顔が赤くなっているのが自分でも分かる。

 恥ずかしくて机に伏せて顔を隠すが、「耳迄赤いぞ」と康夫がからかってくる。



 結局、友ちゃんとは下校の時間を迎えても、一言も喋っちゃいない。

 まぁいい。同じクラスなんだ。チャンスはいくらでもあるどろう。


「なんどよ、そのショボくれた顔は。だから喋りに行けって言ったのによ。さぁ、帰ろうぜ」


 2人で玄関迄来ると、ニヤリと口角をあげる康夫。


「悪ぃ、忘れ物した。先帰ってくれ」

「なんだ? 待っててやるぞ?」

「いいから先帰れって」


 そう言って康夫は教室に戻って行ってしまう。

 不思議に思いつつも下駄箱迄来て、やっとアイツの思惑に気付いた。


「よっ!」


 片手を上げた友ちゃんが待っていたのだ。

 俺も恥ずかしくなりながらも「よぅ」と手をあげる。


「秋貞も変わんないよね? 身長は伸びたけど昔のまんまだ。5年振りかぁ、懐かしいね。今も同じ所に住んでるんでしょ?」

「そうだよ」


 まともに目を合わせられずに、靴を履き替えながらぶっきらぼうに答える。


「じゃあ、一緒に帰ろうっ」

「えっ!?」


 友ちゃんは俺の背中を両手で押し出すと、定位置と言わんばかりに隣を歩いてくる。

 この強引さ、友ちゃんらしい。

 ぎこちないながらも昔話に花を咲かせ、転校していた間のお互いの話を聞いては笑い合う。

 横を見ると友ちゃんの身長は、俺の肩より少し高いぐらいだ。

 昔は同じぐらいの身長だったんだけどな。


 楽しい時間は直ぐに経ってしまうものだ。

 気が付けばもう俺の家の前。わざらしいと言われようが遠回りすれば良い良かった。


「じゃあ、うちもうちょい先だから。また明日ね」

「送っていこうか?」

「ううん。いい」


 家の前で止まると友ちゃんは俺の方に振り向く。


「転校初日に秋貞に会えるなんて、私はラッキーだ。これ」


 そう言って友ちゃんは可愛い封筒をカバンから取り出して俺に手渡す。


「じゃ、また明日ね」


 友ちゃんは手を大きく降りながら駆けていった。

 俺はというと、突然渡された手紙にドキドキしっぱなしだ。

 ラブレターだろうか?


 高鳴る鼓動を押さえながら、母さんの「お帰り」の言葉にも返事をせずに慌てて部屋に飛び込む。

 勉強机の前に座ると汗ばむ手を駆使して、丁寧に封を開ける。


 中からは2枚の便箋が出てきた。

 1枚は古いルーズリーフの紙。

 もう1枚は可愛らしい封筒と同一の便箋だ。

 5年前と今のラブレターだろうか?

 舞い上がっていた俺は古いルーズリーフの紙を広げてみる。




 ~せいやくしょ~


 僕、浅野 秋貞は上山 友美ちゃんに100円かりました。

 必ずかえします。


 りそくは1ヶ月で1わりです。


 浅野 秋貞



 ……。

 これは間違いなく俺の字だ。

 何これ?

 俺はもう1枚の便箋を広げる。



 ~秋貞へ~


 秋貞、元気にしてた?

 この手紙を読んでるって事は、秋貞と再会してるのかな?

 私は両親の離婚の為に引っ越して、またこの町に帰ってきたよ!

 秋貞はイケメンになってるかな?

 今から秋貞に会えるのが楽しみです。

 そうそう、私には秋貞ボックスって秋貞との思い出が詰まった箱があるんだけど、懐かしものを見付けたの。

 同封するね。


 また一緒に遊べる事を楽しみにまってます。



 PS.あれから59ヶ月経ってるから

 ¥25,163円です。

 お支払はお早めに!




 一気に血の気が引いてくる。

 背中に流れる汗が冷たいものに変わっている。


 じ、冗談だよね?


 俺は窓から夕暮れを眺めて途方に暮れるのだった……。






























「うーん。それがお父さんとお母さんのれんあいのはなしなの?」


 膝の上にちょこんと座る可愛い娘が不思議そうな顔をしている。


「なんだ。聞きたいって言うから話してやったんだぞ」

「わかんない。こくはくとか、はじめてチュウしたはなしがききたかったのに……」

「その話はもうちょっと大きくなった時にな」


 むくれる娘の頭を撫でると「ご飯出来たわよ」と声がする。


「さっ、今日のご飯は何かな?」


 娘と2人リビングへと向かう。

 うん。俺は今幸せだという思いが何故か込み上げてくるのだった……。


(完)



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― 新着の感想 ―
[一言] ふむふむなるほど。 お節介な私が行間から勝手に推測するに、友ちゃんは秋貞君との繋がりを保つための何かが欲しかったのですね。 もしくは、お話をするためのとっかかり。 くそう、シャイか。 ほっ…
[良い点] 面白いです。 オチがいいですね。 学生が返せそうで返せない額になっているのが良いです。 あの後返せたんですかねぇ。 いや、それ以上?
[良い点] どうも、ちょいと顔を出しに来ましたよ。 長編だと時間かかっちゃうので(私読むの致命的に遅いし)、まずは短編から。 ハッキリ言ってすべてが予定調和のお話ですが……これは、きっとそれがいい。…
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