マーティンと契約
「え、今日もから揚げとナゲットを作るんですか?」
翌朝、肉屋もとい酒場の扉をくぐると、ダノンおじさんから開口一番に言われたのが、今日もから揚げとナゲットを作れとの指示だった。
「お前の用意したから揚げとナゲットが昨夜はバカ売れしたんだ。中には既に中毒者みたいに毎日食べたいから出せって暴れるやつが出てきやがった。」
たしかにから揚げやナゲットは、荒くれ冒険者達には美味しいメニューだろう。だからって俺なら毎日はちょっと…
「しかも数が多くて収集がつかねぇ。限定だっつってんのに、肉は用意するから出してくれときた。だから責任もってお前が作れ。」
「でも、2.3日したら僕はダンジョンに遠征に行くから、作れなくなっちゃいますよ。それだけ大ごとなら2.3日じゃ収集つかないだろうし。」
「なら代わりに作れる奴を雇って教えるでも構わない。ダンジョン篭る前になんとかしてくれ。俺も爺さんも好き勝手やってるから、人が増える分には困ることはない。」
「それ、僕が人を見つけてくるの?」
「自分のケツは自分でふくもんだ。」
「そこ、弟子の失敗は責任もって対処するのが師匠じゃないの!?」
そう叫ぶと、元Sランク冒険者の睨みが飛んできた。
「別に俺は好きで弟子をとってる訳じゃねぇぞ?」
「誠心誠意対応させていただきます。」
くそ。将来肉屋を譲ってもらうには、ダノンおじさんは敵に回せない。
となると、何とか対応しなきゃいけない。元々酒場は改善出来るならしたかったから、それがびっくりするくらい早まっただけだ。
だからといって、元肉屋に名案は浮かばない。人を雇うって、伝手もないのに!?
「あ、こういうことなら…。ダノンおじさん、ちょっと帰ってまた戻ってくるから、今日の朝の仕込みは手伝わなくても大丈夫?」
「粗方は昨日に終わってる。お前がいなくても元々大丈夫だ。」
「じゃあちょっといってきます!」
そう言って、俺は来たばかりの道を駆け出した。
「マーティン!!」
孤児院の玄関の扉を開けて、叫ぶ。
「こーにぃ早いなぁ。」
「おかえりなちゃい。」
ちょうど玄関先の掃除をしてる2人に出くわす。
「マーティンどこかわかる?」
「おそとー!」
「外!?出かけたのか?あの朝弱いマーティンがこんな朝っぱらから?」
「なんか嫌な予感がするって言ってたぞ?」
ちょうど階段から洗濯物を抱えて降りてきたリッツが付け加える。
「あいつ、人一倍勘が良いからな。」
「俺が嫌なこと持ってきたってことか?そんなに悪くない…嫌、結構面倒かもしれない話ではあるかも。」
言いながら自信がなくなってきた。
「でも、マーティンじゃないとこの問題はどうしようもないんだ。俺の肉屋人生がかかってる。リッツ!探索魔法でマーティンの居場所教えてくれないか!」
「コータくらいだよ。俺の天才的な魔法を変な使い方する奴。」
そう言いながらも、マーティンの場所を探ってくれてるらしいリッツ。
「…見つけた。外に出たと見せかけてだな。庭の木の上で寝てるよ。」
「ありがとうリッツ!」
回れ右して孤児院の庭に向かう。
ボロボロの塀に囲まれた孤児院の敷地内。玄関とは反対方向の建物の裏手に、礼拝堂とシスターが育てるハーブ園、小さな池がある。池の周りには何本かの木が植えられていて、ブランコが括られていたり、洗濯物を干すための柱がわりになっている。
もっとも奥まったところにある木が大きくて、子供達の間では比較的登りやすい木だ。
慣れた手つきと足捌きでその木を登る。木の中腹あたりで、求めていた姿を発見する。
「マーティン!起きて!」
チョコレートブラウンのさらさらした少し長めの髪の毛を、後ろで1つにくくっている。眠そうに開いた目はアーモンド型で琥珀色だ。
「ふぁ…。朝っぱらから何なのコータ。」
「マーティンに頼みがあるんだ。」
俺の言葉を聞くと、子供ながらに整った顔が歪む。
「何か凄く面倒くさそうな気がするから断っていい?」
「そこを何とか!マーティンにも悪い話じゃないはずなんだ。」
俺が助けを求めているマーティンは、この孤児院では本当の兄弟ように育った俺の弟分だ。昔から頭の働くマーティンは、腕っ節や魔法とは無縁だが、孤児院ではリタの次に怒らせてはならない奴だ。
俺の1つ下だけど、特例で特待生として商学校へ通っている。頭が切れて、人当たりもいいマーティンは商才がある。市場で貴族に買い叩かれそうになっているおばちゃんを、その切れる頭で言い負かしたところを大きな商会の商人にスカウトされたんだそうだ。
「…で、昨日食べたから揚げとナゲットを安定供給するための尻拭いを僕にしろと?」
「俺は人を雇うとか全く心当たりがないからさ。マーティンも商学校で課題として何かしないといけないって言ってたろ?酒場の経営改善とかで片付けられるんじゃないかと思って。」
「新メニューを出してすぐに経営改善しましたじゃ済まないよ。僕には何の得があるのかな?」
そう言って意地悪くニヤリと笑うマーティン。こいつには、俺は敵わない。
「…今日の夕飯はマーティンの好物にするよ。」
「これから先ずっと続く労働の対価がそれ?」
やべぇ。マーティンの顔が笑ってるけど笑ってない。
「ダノンおじさん達に頼んで、人を雇うお金とかは心配しなくていいんだ。だから俺経由でマーティンにも仲介料を渡すとかは?」
「俺は別に細々とした安定収入が欲しい訳じゃないんだ。」
「俺にどうして欲しいんだ?」
ニヤリ、5歳児には似合わない悪い笑みをマーティンは浮かべる。怖えぇ。
「コータは発想が独特だから、恐らくこれから冒険者ギルドやギルドに所属する肉屋、酒場も変わっていくだろう。そこで、先行投資として俺と商人として契約を結んでくれ。」
俺との契約が条件みたいだ。
「俺は別にいいけど、俺はまだ冒険者見習いで何も肉屋にも酒場にも権限はないぞ?」
「先行投資って言ったでしょ。今は俺個人として肉屋や酒場に出す依頼をダノンおじさんに通してくれる窓口として契約したい。俺も肉の流通をまずは学びたいからね。ゆくゆくはコータがオーナーになったら、取引は俺が請け負うよ。」
「それって俺にメリット多くないか?」
「お互いにメリットがないと商売は続かないからね。契約は時期を見て更新。コータの方でも何か欲しいモノがあれば融通効かすから言ってね。ひとまずは人の手配を今回は請け負うよ。」
俺が元々おっさんだから通じるけど、これが5歳児の発言だと思うと末恐ろしい。乾いた笑いを零しながら、俺はその契約に同意した。
一通り話し終えると、そろそろムドーさん達との待ち合わせの時間だ。マーティンとは孤児院の前で別れた。夕方の俺が冒険者ギルドに戻るタイミングで、酒場を手伝ってくれる人と来てくれるそうだ。ついでにダノンおじさん達にも挨拶するとのこと。抜け目がない。
「じゃあ今日の夕飯も楽しみにしてるからね。」
マーティンのそんな言葉を受け、先程も通った道を駆けていく。
マーティンの好物か。ムドーさん達に頼んで狩りに行かないとな。
今日の詰まった予定を思い出して、走りながら子供らしくないため息がこぼれた。