から揚げとナゲット
ムドーさん達と別れてからも、孤児院に帰る前に寄るところがある。もちろん、ゆくゆくは就職先の大本命である肉屋だ。
素材はトッシン鳥以外は、メンバー平等に報酬を分け合い、トッシン鳥については予期せぬ臨時収入で、これから遠征に行くメンバーは別途大金が入るらしく、俺に全てくれるとのことだった。太っ腹な人達だ。
そんなムドーさん達の好意と待遇に、徐々に俺のやり方で返せたらと思いつつ、夕暮れの迫る肉屋に押し入る。
「これまた大量だな。トッシン鳥の群れにでも遭遇したのか?」
俺の持ってきた戦果を見て、直ぐに何が起きたか見抜くところは、流石は肉屋歴10年かつ一流冒険者。
「時間が無かったからか多少の粗は目立つが、売るのに支障のあるもんは無いな。弟子で冒険者デビュー仕立てにしちゃ上出来だ。しかしこの量だと明日はトッシン胸肉と、トッシンもも肉のセールでもしないと捌ききれねえな。」
俺が孤児院に持って帰るにしても、この量からしたら微々たる量だ。
「ダノンおじさん、今日は酒場ってそろそろ開くよね?」
「あ?まぁ日が暮れたら開くようにしてるからな。そろそろ爺さんも来るはずだぞ。」
「僕もこの後帰ったら夕飯作るし、結局トッシン鳥料理の予定だったんだ。作るのに量が変わるだけだから、試しに酒場に出せる料理作らせてくれないかな?」
もちろん孤児院の夕飯もしっかり作って持って帰るつもりだ。
「おめぇ、それ狙ってそんな大量のトッシン鳥狩ったんじゃねぇだろうな?」
「そんなこと出来る訳ないでしょ。しかも僕、ただの補助員だし。」
ブツブツ言いながらも、ダノンおじさんが使う調理場に案内してくれた。
「わぁ!何ここ!最先端の魔石コンロにオーブンまである!」
どこの貴族の家の豪邸の調理場だって言うくらい、設備が充実していた。
酒場と肉屋で共有しているらしく、扉を開けると調理場、その向こうの扉は酒場に繋がっているみたいだ。
大きさも広くて、5.6人が一斉に作業出来そうなスペースがある。中でも高価なのは業務用の大型魔石冷蔵庫と魔石冷凍庫。これだけの設備、お城でも滅多にないんじゃなかろうか。
「こんな設備どうしたの?はっきり言うと、かなり宝の持ち腐れ感ハンパないんだけど。」
「はっきり言い過ぎだバカ野郎。俺と爺さんで調子に乗って作ったんだよ。引退してからも金は余ってたが使い道もなかったからな。」
流石は一流冒険者。やっぱり冒険者稼業は高位になると儲かるらしい。地球のスポーツ選手みたいな感じなのだろうか。
「どうせ俺も部分的にしか使ってねぇから、お前の好きなように使え。俺は明日の仕込みでトッシン鳥捌くから、自分の分は自分でやれよ。」
そういうとさっさと出て行ってしまった。
まぁ信用されてるってことで、早速準備にかかる。実は冒険者ギルドに帰る前に、ムドーさん達に市場に連れて行って貰った。明日の昼食にも出すからと必要経費で少々の食材を購入して、あとは今日の報酬のお金で必要な調味料と油も購入した。
酒場と肉屋の帳簿がどうなっているのかわからなかったので、ひとまずは俺のなけなしのポケットマネー。あとでダノンおじさんにお金は請求する予定。だって僕子供だもん。
鶏肉で酒場で出す料理といえば、元日本人な俺の答えは、から揚げだ。今はまだお酒の飲める年齢じゃないけど、ビールにから揚げは最高だ。
だが、日本と違うこの世界。まだ醤油らしきものにも出会えてないので、さっぱりと塩から揚げにする。
から揚げにするなら、俺が使うのはもも肉だ。さっぱりとする胸肉じゃなくてジューシーなもも肉の方が、から揚げを食べている感があるので俺は好む。
しかし、トッシン鳥は大きい胸が特徴なだけあって、胸肉の割合が尋常じゃない。もも肉に塩、少しのハーブ(胡椒は高価なので、俺はハーブで代用している)、にんにく、しょうが、辛めの安い白ワイン、安物の砂糖もどきを馴染ませる。砂糖は高いので、代替食材が庶民に出回っている。
その間に大量の胸肉に向き合う。こいつもから揚げにしてもいいんだが、妥協するとは肉屋が許さない。胸肉は胸肉として美味しく頂く。
「となると、いっちょやりますか。」
肉切り包丁を両手に持ち、交互に振り下ろす。作るは鶏肉のミンチ。ダンダンとリズムを刻みながら、胸肉をミンチにしていく。
量が量だけに、しばらくすると大量の鶏肉ミンチが出来上がる。
鶏肉のミンチにも塩と胡椒がわりのハーブ、そして卵を混ぜる。頃合いを見て、2つの大きな鍋に油を注ぎ、油を温める。その間にもも肉には、こちらでじゃがいも粉と言われる、地球でいう片栗粉をまぶす。鶏肉ミンチには小麦粉を混ぜる。
鍋の油が温まったら、それぞれの鶏肉を別々の鍋で揚げていく。
ジューッ。
揚げ物文化がないのと、孤児院ではなるべくお金をかけたくなかったので、油を大量に使う揚げ物は避けていた。
でも、俺は知っている。肉は揚げても美味しいということを。そして時には、焼くよりも美味しくなることを。
中まで火が通るようによく揚げていく。揚がったら天板に網をかけたものの上に乗せていく。そして次のネタを揚げている間に、調理者の特権で味見だ。
ひょいとから揚げを摘んで、口に放り込む。
あつっ。
はふはふしながらも、カリッとした衣の食感のあとに、口の中には鶏肉のジューシーな汁が溢れる。
「うまっ!」
「これはまたエールが進みそうじゃのう。」
「そう、から揚げと一杯がたまんない…って誰!?」
まだ子供の背丈なので、踏み台に乗って調理している俺の視界、その下にサンタクロースを小さくしたような白髪髭もじゃのお爺さんがいた。
背丈は恐らく俺と同じくらいか、もしくは俺より小さい。
「もしかして、オズワルドさんですか?」
この調理場に来る、小人のお爺さんという特徴とぴったり一致した俺はそう尋ねる。
「いかにも儂がオズワルドじゃ。お前さんはダノンが気にかけとる肉屋志望の頭の変な坊主じゃな。」
「たぶんそのままダノンおじさんが伝えたんだと思うんですけど、頭が変って心外です。」
フォッフォッフォッと、本当にサンタクロースのように笑うお爺さん。つぶらな目と小さな背丈が可愛らしい。なぜかアロハシャツを連想する花柄のシャツにジーンズを履いているので、さながらハワイのサンタクロースのような出で立ちだ。
「これは今夜の酒場のつまみかね?」
「はい。トッシン鳥が大量に入ったんで。あ、でも僕の家の夕飯用にも持って帰る予定です。」
「こりゃあ今夜の客は当たりになるのぉ。こっちも同じから揚げなのかい?」
そう言って指差すのは、から揚げとは別のもう1つの揚げ物。
「こっちはナゲットと言って、これはいろんなソースに付けて食べるんです。」
流石にソース作りまで気が回らなかったので、腸詰めに添える用のマスタードが大量にあったから、それをソースとして付けることにした。
こちらもサクッとした歯ごたえのあとに、から揚げとは違うアッサリとした鶏肉の旨みが広がる。マスタードが丁度味を引き締めてかなり手が進む一品だ。胸肉の方が量が多いので、こちらは大量に生産中だ。
「ほう。こちらはさっぱりじゃのう。儂はこちらの方が好きじゃな。」
そう言うオズワルドさんの手が何回もナゲットに伸びる。アッサリとしてる分、軽く食べれるのがナゲットだ。そろそろ止めよう。
量だけは大量にあるので、どれくらい来客するのかはわからないが大量のから揚げとナゲットを作った。
一部は食べ盛りの孤児院の子供達の夕食と、明日の昼食用に揚げたてを収納する。孤児院に帰れば、俺が食べたくて作ったマヨネーズとケチャップがあるので、ナゲットのソースにも困らないだろう。
多少の料理なら出来るというオズワルドさんに、もし冷めたまま出すなら一度揚げ直すとカリッとする胸を伝える。そろそろ帰らないとまずいので、ダノンおじさんにも味見用のから揚げとナゲットを渡して、急いで帰路についた。
「おい、爺さん。エールをくれ。」
「営業前に飲むのか?ダノンや?」
「そういう爺さんこそ、思いっきり飲んでるじゃねぇか!」
「こりゃあ、面白い坊主が入ったのぉ。楽しみが増えたわい。」
「ただいまー!」
「あ、コータ遅いぞ!みんな待ちくたびれてんだ!」
帰宅早々にマーティンがすっ飛んで来る。
よっぽどお腹を空かせてるみたいだ。
「こら!まずはおかえりなさいでしょう。おかえりなさい、コータ。見習いはどうだった?」
シスターも優しく迎えてくれる。
その後は孤児院でもトッシン鳥のパーティーだ。大量のナゲットと、1人ずつ適量のから揚げを渡す。流石にバランスが悪いので、大量のサラダも忘れずに添える。
「なんだこれうめぇ!」
「さくさくすりゅー!」
みんなが喜んでいるようで何よりだ。やっぱり揚げ物は美味い。
そんなトッシン鳥をたらふく食べて、シャワーを浴びた後にシスターの部屋を訪れる。
「どうしたの?コータ。」
なにかの本を読んでいたらしいシスターが、ベットに腰掛けたまま顔を上げる。
「今度ダンジョンに潜ることになったから、その話をしに来たんだ。」
ムドーさん達と話し合った内容をシスターに伝える。最初は驚いていたが、すぐに真剣な顔になる。その顔は危険なことをする子供を心配する親の顔だ。
「…貴方に必要なことなのであれば、私は止めたりはしません。けど、決して無茶はしないことを誓ってくださいね。」
「はい。」
「あと、この話は皆んなにはなるべく伏せた方がいいでしょう。貴方が声をかけるつもりの子達を呼んできなさい。ここで話した方がいいわ。」
シスターに促されて、もともと声をかける予定だったラスター、リタ、リッツ、コジローの4人を連れて来る。ラスターはしばらく春の休暇で学院は休みだし、他のメンバーも学院とかはないので基本は空いている。お互いの力量も知ってるので、俺としてはこの4人と一緒だと心強い。あとは本人達の意思しだいだ。
「…という訳なんだけど、ついて来てくんねぇかな?」
事情を話した俺は4人の方を伺う。
「俺はダンジョンには興味あるし、鍛錬にもなるから参加する。」
最初に返事をくれたのはラスター。さすが俺の親友なだけある。ラスターがいれば魔物との闘いはかなり楽になる。
「俺もダンジョンは興味みあるなー。だから参加する。試してみたい魔法もあるしねー。」
リッツも乗り気みたいだ。魔法使いがいるのは有り難い。ただ、リッツの場合は規格外だからやらかさないように注意が必要だ。
「拙者はもちろん、コータ殿にお供します!」
そう元気よく答えてくれるのはコジロー。俺の弟子と主張するコジローはかなりの確率で来てくれると信じていた。コジローは他のみんなと違って冒険者志望なので知識もあるし、身体能力だけでいうならラスターより高い。戦力としてはかなり貴重だ。
残るはリタ。自然とみんなの視線がリタに集まる。その視線を受けて、リタが口を開く。
「…なんで私も呼ばれたの?」
「え?何でって孤児院最強と言ったらリタだろ。」
「…そうなの?」
心底わからないという雰囲気のリタ。
別に天然だから最強という訳ではない。リアルに1番居ると心強いのはリタだ。
「リタは治癒魔法や補助魔法の適正があるだろ?それに医術にも長けてるから治癒師として来て欲しいんだ。それに身体強化の魔法使ったら魔物もぶっ飛ばせるし、知識も豊富でいざとなったら法力も使えるだろう。リタがいいならきてほしい。」
危険が伴う中で、傷を癒せる治癒師は重要だ。それだけじゃなく、身体強化魔法を使った護身術を身につけてるので、弱い魔物程度ならおそらくリタの敵ではない。現状1番強いのはリタだと俺は確信している。
「ん。わかった。でも、その間の孤児院の仕事はどうするの?」
そこが問題だ。誘ってみて気づいたけど、俺が誘ったメンバーは孤児院年長組の筆頭ばかり。料理を担当する俺のように、孤児院内での役割がある。
「その辺は他の年長さん達に話して理解してもらいましょう。このメンバーなら隠すより伝えた方があとあとややこしくないでしょう。」
こうして、俺のダンジョン行きの仲間が決まったのだった。