肉屋の仕事と塩漬け肉
もうすぐ朝日が昇るのか、空は紫色へと変化している。
ドンドン。
「ダノンおじさーん!」
冒険者ギルドの隣、肉屋と酒場に繋がる扉を容赦なく叩く。
しばらくすると、ドカドカという荒い足音と共に、扉が勢いよく開いた。
「おじさん、おはよー!」
「おはよー、じゃねえだろ!何時だと思ってるんだ。近所迷惑だろうが。」
「だって、行儀よくノックしてもダノンおじさん気付かないか、無視しそうなんだもん。」
「ぐぅ。ガキが頭回りやがって。」
その反応を見ると、強ち間違いでは無いようだ。
溜息をついて、ダノンおじさんは俺を店の中へと促した。店を入るとすぐに、大きな酒場のスペースが広がる。
広い空間は全体が見渡せて、所狭しと木製のテーブルと丸椅子が入り乱れている。
そこはやはり酒場といったところか、ほのかに酒臭さが残る。
子供の身なので酒場とは無縁だが、早く成人して美味い酒が飲みたいと、前世の経験から強く思った。
せっかくなのでふと思った疑問も聞いてみる。
「そういえばこの酒場って肉屋と繋がってるけど、おじさんがやってるの?」
肉屋には昼間に来るので、この店でダノンおじさん以外の店員は見たことがない。
「俺は仕込んだ肉料理を渡してるだけだ。実際は小人の爺さんがやってるよ。」
「小人のお爺さん?」
荒くれ者の冒険者達が集う酒場が、お爺さんの接客でどうにかなるもんなのだろうか。しかも小人ならば舐められそうだ。
「言っとくが、爺さんの心配は無用だぞ。元ギルドマスターで、竜殺しのオズワルドって言えば誰も逆らいやしない。偶に酔って調子に乗った奴が、店の外に放り出されてるからな。」
その異名なら、俺でも聞いたことがある。伝説のSSS冒険者。竜を殺したと言う話は誇張でもなく実話で、小さな身体で竜へ向かう姿から、小さな勇者とも呼ばれている。
今はその伝説の冒険者も、趣味の酒好きが講じて酒場の店主をしているらしい。人脈もあるオズワルドさんは、時折手に入れる情報を冒険者ギルドにも共有したりしながら、酒場を切り盛りしているとのこと。
流石にオズワルドさん1人では店を回せないので、昔お世話になったダノンおじさんと、冒険者ギルドの職員が交代で給仕の手伝いをしているみたいだ。
「爺さんの趣味で酒の種類だけは豊富な酒場だからな。少々食事に難ありでも客は途切れないのさ。」
「食事に難ありなの?」
「食事にまで手が回らねぇんだよ。幸いなことに肉屋が併設してるから、茹でたブルスト、何種類かのハム、塩漬け肉なんかを適当に出して、後は乾物やピクルスなんかを出してるだけだ。」
それはまた、随分とつまみに特化したメニューだ。恐らく冒険者の多くは、酒を飲むか情報収集をメインに足を運ぶだけなのだろう。食事は期待してないってことか。
せっかくだから、料理にさえこだわれば立派な肉バルになりそうなのになぁ。
考えながら、ある案が閃いた。しかし、それには時間もかかるし、探ることも多くある。しかし、美味い肉を提供できる場を流すのはかなり惜しい。
長期計画でこの話は進めていくことを決意した。何も聞かないが、余計な真似はするなよというダノンおじさんの眼差しを受けながら。
昨日と同じように解体用の倉庫に着く。倉庫の一角には、魔石がふんだんに使われた巨大な冷蔵庫と冷凍庫が併設されている。もちろん中身は肉のパラダイスだ。
「俺も引退してからこの仕事を続けて10年になる。昨日のお前の解体を見て、ある程度の力量は測れるつもりだ。」
いくつかの肉の塊を取り出しては、天板の上に乗せていく。
「それにお前がいつも店に来る時の目が、他の客と違うことくらい俺にもわかる。俺は肉は解体出来るし、冒険者上がりの調理なら出来るが、それ以外はさっぱりだ。弟子入りするってんなら、俺に遠慮はするな。お前のやりたいことをやってみろ。」
真剣に語るダノンおじさんを見て、俺も中途半端なことは出来ないと身を引き締めた。
相手は6歳になったばかりの子供なのに、年齢なんか無視して俺を認めてくれている。尊敬出来るこの性格から、俺もこの店で弟子入りまでして肉屋をしたいと思ったのだ。
「お前は若いし時間もある。それでも時間に胡座をかいてちゃいけねぇ。お前が興味を示したこの酒場もひっくるめて、変えてみろ。爺さんには俺から話を着けてやる。」
俺の考えもどうやらお見通しらしい。
「まぁ、店を譲るのはお前が成人しないとどうしようもないがな。あと10年は俺の下っ端で我慢しろ。」
その間に、お前が知らねえことも仕込んでやると言いながら、頭をぐりぐりされた。元高ランク冒険者のぐりぐりによって、文字通り俺は倉庫の床にのめり込んだ。
冒険者ギルド直営の肉屋。客層によって主に3種類の商品がある。1つは街の市民向けの精肉類。言わずもがな日常で食べるお肉だ。
こちらは俺のようなスラムの住民でも手が届く値段だ。冒険者ギルドの常時依頼で、季節によって種類は変わるが一定の肉の仕入れがある。
今は春先なので、俺が昨日依頼をこなしたグリーンボアなども旬の肉だ。
もう1つが、店への卸業。これは商業ギルドと協業しているそうで、毎日一定量は解体した肉が街中の食堂や屋台に卸されている。この卸業の中では、たまに珍しい魔物が仕留められた時に、商人によって貴族や他国に売られるものも含まれる。
もちろんそれらは冒険者ギルドの依頼として張り出されている。
最後が冒険者向けの商品。冒険者が旅に出たり、ダンジョンに籠る時には食糧が必要だ。その中でも栄養価が高く、身体が資本の冒険者のタンパク源になる肉は需要が高い。大抵は日持ちしないと困るので、干し肉や塩漬け肉にされるのが一般的だ。
冒険者ギルドとしては、最後の商品に応えることを目的として、各支部にも肉屋を併設している。付加価値として商売や地元への貢献をしているといった具合だ。
まずは初日なので、ダノンおじさんに取引している肉や加工食品の種類、仕事の種類、今の旬の食材なんかを教えてもらった。
やはり異世界なだけあって、旬の肉や知らない肉が沢山ある。その分、加工技術や食べれる部位の知識は地球の方が上みたいだ。
その後は、基礎からしっかりと言うことで、グリーンボア以外の肉の捌き方を学んだり、この店でやってる加工の仕方を一部学んだ。
「そろそろ時間だろ。あとは俺だけでやるから行ってこい。」
時計を見ると、開店まであと2時間ちょい、俺とムドーさん達の待ち合わせまで10分となっていた。
手早く汚れを落としたりしていると、ダノンさんからひと塊の塩漬け肉を渡された。
「タダ働きさせるのは俺の気がすまねぇ。お前が作った試作品だから売れもしないんだ、昼飯に持ってけ。」
ダノンさんの見よう見まねでつけた肉を渡される。今日はダンジョンの近くでお昼と聞いてたから、きっとみんな喜ぶだろう。
「おじさんありがとう!いってきまーす!」
俺の精一杯の子供らしい可愛い笑顔で、お礼と挨拶をしていった。
「さて、ひとまずは爺さんにも話を通しておくかな。」
俺の去った店内で、ダノンさんはそう呟いて再び仕事を再開したのだった。