公爵とウィンナー
俺の見習いデビュー祝いを終えて、ちびっ子達…孤児院で3歳以下の子供達を風呂に入れ、寝かしつけた。
食堂ではシスターとダンディーなおじ様、年長組であるラスター、リタ、俺、リッツ、マーティン、リリアン、コジロー、チャンの8名が席についていた。
ちなみにコジローはこの世界の最果て、極東の孤島出身で、この街に闇奴隷として連れ去られてきた。いつか故郷に帰ることを目標に、俺の後釜を狙って冒険者見習いを目指している。
俺もどこか懐かしい故郷の雰囲気をもつコジローは気に入っていて、俺のもつスキルは継承している。
チャンも異国の出身だ。コジローと同じく艶やかな黒髪を持ち、東の国では少ない目がパッチリとして可愛らしい子だ。恐らくその可愛いらしい容貌が目に留まったのか、コジローと同じタイミングで闇奴隷を手掛けている一団から救出された。
「君達への自己紹介が遅くなってしまった。私はこの街を含むトリガルデン王国の騎士団長をしている、ルドルフ・タイナーだ。貴族の出身なのでタイナー公爵家の当主になる。」
ダンディーなおじ様こと、タイナー公爵が子供達に挨拶をする。一国の騎士団長で、しかも貴族のトップに立つような人が、こんな辺境の街の孤児院にいていいのだろうか。
俺とリタ、騎士学院に通うラスターを除いて、ほとんどの子供達は頭にクエスチョンマークを浮かべている。
そんな俺達の様子を見て、シスターがフォローする。
「みんなはピンと来ないかもしれないけど、こちらにいらっしゃるルドルフ様はこの国でも偉い方なのよ。私は昔、ルドルフ様のお宅に侍女として使えていて、ルドルフ様のご縁でこの孤児院を任されることにもなったの。」
シスターにそのような経緯があったのは知らなかった。どこぞのお嬢様だとは聞いてたけど、公爵家に侍女として入るくらいだから、ある程度の貴族の出自なのだろう。
それならば、掃除や洗濯などの家事は出来るのに、壊滅的に料理が出来ないことも頷ける。高位の貴族は専属の料理人がいるらしいから、出番がなかったんだろう。
「実はこの孤児院は、私のご先祖様が建てられたんだ。ご先祖様の私物のようなものでね。私が直接運営を担当している。シンシアは侍女としても優秀で、子供好きな面を昔から見ていたんだ。ちょうど孤児院の先代が亡くなられて、私から打診して、二つ返事で了承してくれ助かっている。今ではこんなに立派に君達を育てているしね。」
「そこまで評価していただいて恐縮です。」
シンシアとはシスターの本名だ。俺達は昔からの愛称でシスター呼びだけど。
「私も運営する立場として、ときどき足を運ばせて貰っている。これからもたまにやって来ると思うから、その時はよろしくお願いするよ。」
タイナー公爵は気さくな貴族様だった。偉ぶる訳でもなく、俺達のようなスラム街の孤児にも真摯に向き合ってくれる。
街の中で、何かしらの差別的な目で見られたことのある子供達全員が、彼に好意的な印象を持った。
「もし、何か孤児院で困ったことがあれば、シンシア経由で私にも相談してくれ。出来る限り力になろう。」
その後はほんの少しだけ雑談をした。
ラスターが実は騎士学院で、天才剣士現ると王都の騎士学院にまで届くほどに噂になっていること。リッツが魔法学院始まって以来の秀才で飛び級も検討されていることなど、王都で孤児院の仲間が有名になっていることも知った。
「王都の冒険者ギルドでは、コータ君のことも噂になってるよ。」
「え、僕がですか?」
「冒険者ギルドで課した試験をほとんど満点で合格したのは、君が初めてじゃないかな。基本的に冒険者は大きくは戦士か、魔法使いの見習いに分かれるからね。どちらも首席レベルで、しかもまだ6歳だ。冒険者ギルドだけじゃなく、騎士学院や魔法学院まで君に興味があるみたいだよ。」
なんか悪目立ちしてしまったみたいだな。
「しかし、それだけの力がありながら、冒険者ギルドを選んだのは何故なんだい?やっぱりダンジョンや一攫千金に浪漫を感じたのかな?」
純粋な興味で尋ねているみたいだ。特に悪い人では無さそうなので正直に答える。冒険者ギルドのマスター達の前で言ったのと、同じ言葉を。
「僕の最終目標は、騎士学院や魔法学院では実現出来ません。僕は強い冒険者になりたい訳でも、一攫千金を夢見てる訳でもない。冒険者ギルド直営のお肉屋さんのオーナーになりたいんです。」
6歳の志望動機としては、実に論理的で素晴らしい回答が出来たんじゃないだろうか。
恐らく他人から見たらドヤっているだろう顔で、言い切ったとばかりの笑みを向ける。
尋ねたタイナー公爵はポカンとし、何故かシスターを含む孤児院のみんなが、諦めたような顔で頭を抱えている。
「に、肉屋か…。確かに肉屋になるなら、冒険者ギルドでなければいけないね。」
そう呟くと、タイナー公爵は噴き出した。笑いながら、そうかそうかと呟く。
「私はこれでも美食家騎士としても有名でね。その私が賞賛する程、今夜の君の肉料理は実に素晴らしかった。技術だけなら他のプロの料理人の方が上だろう。しかし、彼らに勝てないもの、その素材である肉に君は精通していたわけだ。」
そう言うと、タイナー公爵は切り出した。
「素晴らしい将来性のある子供達と話せて楽しかったよ。私は宿をとっているし、そろそろ遅くなるから失礼するよ。コータ君。君の夢も含めて私は応援するよ。君の肉料理のファンとしてね。」
そう言い残すと、タイナー公爵は孤児院を後にした。
公爵に俺の夢が認められるとは、いい兆しだ。
俺は俺の目標である、異世界最強の肉屋を目指そう。
こうして俺の見習いデビュー初日は終わった。
「コータ。起きろ。」
翌朝のまだ日も昇っていない早朝。俺はラスターに起こされた。
ラスターは騎士学院に通う前の早朝に、素振りなどの鍛錬をしている。忙しいシスターに個別で起こしてもらうのも気がひけるので、起こしてもらうように頼んでおいたのだ。
「ふわぁ〜。」
思わず出る欠伸を噛み殺し、顔を洗う。
昨日と同じく、動きやすい格好をして、冒険者用のレンタルの皮の胸当て、小人の銅の剣、皮の籠手、リュックをまとめて食堂へと持っていく。
早朝からはダノンおじさんの手伝いをするつもりなので、みんなの朝ご飯を作っておく。リッツもいるから温め直せるだろう。
時間がないので、簡単なものを用意しておく。
刻んだキャベツ、たまねぎを大きな鍋に投入する。その上に、腸詰めを乗せる。
昨日の夕食作りの合間に、グリーンボアの肉をミンチにし、ハーブや塩を混ぜ込んで、ダノンおじさんから購入した羊の腸に詰めてておいたのだ。
あとは全体に塩を振って、鍋に蓋をしたら火にかける。
時間にして約10分程。キャベツや玉ねぎの水分で腸詰めが蒸しあがった。
パンにバターを塗って、作ったウィンナーとキャベツを食べる。あとは温め直してみんなに食べてもらおう。
支度を整えると、空が少しずつ赤み出す。
その頃にはコータは孤児院をあとにしていた。